ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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KING カズは何故凄いのか。

KINGと言えばレブロン・ジェームス!的な今日この頃ですが、我らが三浦知良選手のほう。

カズも歳とったなーと感慨深い表紙のNumber 922号で面白い記事を見つけました。《スペシャル座談会》と銘打たれた、北澤豪×都並敏史×前園真聖の鼎談 「僕らのカズと日本サッカー」 から。

北澤  基本的な運動能力がそんなに高いそんなに高い人じゃないから、だからこそいろんなものを吸収して、最高にキレのある状態を維持しないと戦っていけなかったんだろうと思います。たぶんカズさんの運動能力って、5段階評価だと

比較対象がおそらくプロサッカー選手なので、一般人とはかけ離れた基準であることだけはご注意下さい。

カズ選手、足が遅いはずは無いし、バネや柔軟性、どれをとっても非凡ではあるのでしょうが、プロサッカー選手の中では突出してはいないと。

同世代で言えば、ゴン中山選手なんか身体能力では頭抜けたものがありましたから、納得いかんでもない評価です。

筋肉番付というテレビ番組に中山選手が出た時の衝撃は凄かった。モンスターボックスという跳び箱のピラミッドみたいな奴を、オリンピックの体操選手並の跳躍で超えていくんですね。器用なのもあるでしょうが、JリーグトップクラスのFWはやはり大したものだと唸らされました。

話を戻しましょう。鼎談は続きます。

前園  でも、今は泳げるようになっているし、苦手をどんどん克服しますよね。ああいう努力は凄いと思います。人一倍練習もするし、いわゆる天才型とは違いますね。

都並  努力の人だよね。グラウンドを走るときも絶対に角ギリギリを回る。これだけで他の人よりもちょっと練習することになるんですよ。いつも絶対に先頭を走るしね。

このあたりはよく語られるカズ選手の素養ですね。いわくプロ意識の塊、自己管理の鬼、そしてサッカー選手である為に他の全てを捨てられる男。

いずれも正しいのでしょうが、私はカズ選手への以下の発言に興味を持ちました。

北澤  でも、ブラジル体操とかのリズム系はものすごく速いですよね。2人組でボールを投げる練習とか大変だった。

都並  キレは凄いよね。腿上げをしてキュッとおろす速さなんかすごく速い。だから当時の「またぎ」なんか1回またがれたら守備は反応しなきゃいけないから、追いつけなかった。リズムとキレは抜群だったね。

スポーツ選手がよく高速でラダー(ハシゴみたいなもの)や反復横跳びをしていますが、実は身体を速く動かす能力ってこうしたトレーニングでほとんど向上しないらしいです。

競技の特性にあった身体の使い方を身につけることで、多少は改善するものの(この多少、がすごく大事なのですが置いときます)生まれつきの要素が強い。短距離走でタイムを縮めようと思えば、脚の回転数(ピッチというやつですね)を上げるのが一番効果的だと思いますが、それが出来ないから皆苦労するんですね。

私も元六大学の盗塁王と一緒に働いていた事がありますが、地下鉄の階段を一緒に駆け下りた際、脚の回転の速さに仰天した経験があります。なるほどこれが天賦の才かと。激しく納得しました。

身体を速く動かせる。

自己分析に長けたカズ選手ですから、自分に備わったこの能力を最大限に活かすことを強く意識して、自分のプレースタイルを築き上げてきたと思うんですよね。スピードは全てを凌駕する!カズダンスは遊びじゃなかった!それはないか。

ちなみに前述の中山選手のクイックネスも半端ないです。ジュビロ時代、たしかアントラーズ戦。緩いバックパスに対してチャージをかけてくる中山選手に、アントラーズのGKが一瞬躊躇したんですね。ダイレクトに蹴ってはヤバいと。

そこで左にかわしてからフィードしようとした。普通なら正しい対応なのですが、いかんせん相手が悪すぎた。中山選手、左に逃げようとするGKに瞬時にまとわりついて、ボールを奪うと同時にスライディングして回りながらシュート。この時の中山選手の動きの速さと、GKの唖然とした表情が忘れられません。未体験の速さだったのでしょう。動画が残ってないのがホントに残念。

なんの話か分からなくなってきました。そうそう、カズ選手はクイックネスが半端ないという事実を残しておきたかったのです。これでいいのだ。

以上  ふにやんま

 

『長さ一キロのアナコンダ』椎名誠

『長さ一キロのアナコンダ椎名誠 

長さ一キロのアナコンダ

長さ一キロのアナコンダ

 

生物の神経伝達速度は秒速10mくらい。早いのか遅いのか?と言われると微妙なところですが、まあ人間には問題ないスピードでしょう。熱いフライパンにうっかり触ってしまって、

あちい!

と跳び上がるまでにタイムラグを感じるか感じないかといったところ。大雑把に言えば人間全て “2メートル弱” ですから、支障は無いはず。ゼロコンマ2秒で反応してくれれば。

ここから思い切り飛躍しますが、仮に

長さ1キロのアナコンダ

が実在すればどうなるか。 

尻尾を天敵(ネズミみたいなものをイメージ下さい)がガシガシ齧り始めたとしますよね。そうすると、最初のひと齧りの痛みが、尻尾から脳まで伝わるのに100秒かかる。秒速10mですから、1キロで100秒。計算あってますよね?

痛え!

と気づくのに100秒ですから、気付いた時には相当齧られてる訳です。そんなアホな。

従って、長さ1キロのアナコンダは存在し得ないのだと。もぐもぐ齧られてるうちに、100秒も気付かずにいる生物が生き残れるはずは無い。納得ですね。

二足歩行の脊椎動物の場合、有機物である「骨」で支えうる体重には限りがあるので、怪獣というのは地球上の生物学では説明出来ないのだというのが空想科学読本であったような。それに匹敵する説得力。下は最新刊の画像を貼っただけで、何巻だったか全く覚えていません。柳田先生すいません。でも大ファンです。 

なるほど面白い話だなと、常々思っていますので、備忘かたがたご紹介する次第であります。

余談ですがアナコンダでも、大型化すると水棲に近くなるのは浮力を活かしているのでしようか? 摩擦係数的に、移動が楽そうなのはありますね。大型生物が重力に対抗するには、やはり水中が適しているのかなと。ダイオウイカとかシロナガスクジラとか。

ちなみに私、ヘビは大の苦手です。

以上  アナコンダ もとい ふにやんま

『有田と週刊プロレスと』

『有田と週刊プロレスと』

Amazonプライム会員向けのオリジナルコンテンツ。誰でも見られる訳ではない事をお詫びしておきます。有料視聴も解放して下さいAmazon様。

仕方がないので画像だけ貼ります。リンク付いてませんので、YouTubeなどでご確認下さいませ。

f:id:funiyanma:20170604134718j:image

1回28分の全25回に、ボーナストラック?が2回付いています。

これがメチャメチャ面白い。

もう、寝る前にこれ見るのが昼間から待ち遠しくて仕方ない。一週間ぐらいかけて大事に大事に見終わりましたが、今ちょっとした「有田ロス」です。彼のお笑いには興味がないのですが、プロレスへの愛情は尊敬に値します。今度から有田さんって呼ぶことに決めました。

Amazon上のレビューは満点の五つ星。好きな人しか絶対見ないジャンルとは言え、レビュアー305人での満点ですから価値ありますよね。ちなみに同じAmazonプライム オリジナルコンテンツの松本人志の何か(見る気全くなし。常にトップページで大きく紹介されています)は、レビュアー1.035人で星3つ。だから何やと言われそうですが。

『有田と週刊プロレスと』

何が面白いか?

有田さんのモノマネが最高。

これに尽きます。この番組、一冊の週刊プロレスをネタに有田さんがひたすら喋りまくる(一応アシスタントとゲストもいます)という構成で、肝心の試合について動画で振り返るという事が全く出来ないんですね。ビジュアルは「週刊プロレス」に掲載された写真がせいぜいで。

なので、試合後のマイクパフォーマンスとかインタビューとかは有田さんが再現するしかないのですが、これが悶絶するぐらい面白い。

「あいつが死んだらあいつの墓にクソぶっかけてやるよ!

「よりによってプロレスで一番弱いのが出て行きましたか」

「ごちゃごちゃ言わんと誰が一番強いか決めたらええやん」

といった昭和プロレスファン感涙の名台詞がバンバン出てきて、しかもめっちゃ似てる。ゲストで来た水道橋博士なんか有田さんにモノマネ振りまくってますから。如何に面白いか分かろうというもの。

個人的には第15回の『名言のオンパレード!長州が呼びかけた「世代闘争」とは⁉︎』が一番ツボでした。

長州の「今しかないぞ!今しかないぞ!藤波ぃ!」から始まって、リング上に勢ぞろいした猪木や前田の受け応えを有田さんが再現するのですが、これがノリノリ。憑依かよ!って。この回はホント圧巻でしたね。

Amazonビデオオリジナルページでもトップに出てこないマイナー扱いですが、すんごい面白いのでプライム会員の方は是非検索してみて下さい。

なおプロレス、それも昭和プロレスにある程度通じたかたでないと、何喋ってるんだか全く分からないことだけは念押ししておきます。

以上  ふにやんま

『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』

『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』森岡毅(2016)

サラリーマンとして日々思うことを書こうというのも、本ブログの趣旨だったような記憶がかすかに。更新すらおぼつかない今日この頃。皆さん如何お過ごしでしょうか。

本書は今や『打率9割8分のマーケター』(分母も分子もよくわかりませんが)として名を馳せる森岡毅氏の、USJ改革の土台をなした考え方をまとめたもの。森岡流マーケティングの入門書としては最適かと。

周知の事実かとは思いますが、TDLに先行してチケット大幅値上げを断行した上での、来場者数V字回復それも"回復”どころか過去最高の年間来場者数(オープン初年度に記録)を更新し、前年同月比では今なお上回り続けているというから凄まじい。

USJの誕生以来のコンセプトである「映画」にとらわれず、ワンピース、エヴァンゲリオン進撃の巨人ハリーポッター(よく見ると全部映画になってますけどね)と、人気コンテンツを次々と導入。ゾンビを使ったハロウィン・ホラーナイトや、後ろ向きに走るジェットコースターなど、外部コンテンツに頼らない集客策でも異彩を発揮。国内マーケターとしてはまさに最高レベルの成果を既に挙げたかたです。

成功者のビジネス本ほど書きやすいものはない。何故なら後付け自由だから。

「文句の付けようがない」というチートの匂いが受け入れがたく、日頃から斜に構えている私ですが、本書を公平に評するならば、

読み易くて、為になった感じがして、なおかつ人に勧めやすい。

意外にオーソドックスで、奇を衒ったところがないんですね。感性だけでなく、数学的な分析手法を独自にマーケティングに活用、なんてくだりも企業人には刺さりそう。管理職や経営層の間でベストセラーになるのも分かります。さすがマーケターの書いた本。売上直結のゾーンを外さないわ〜。

ある人はカレーライスが良いと言う。別の人はすき焼きが良いと言う。そんなときに多くの会社では、誰かが頑張らないと「カレーすき焼き」を作って消費者に提供してしまうことになります。(中略)あなたが取るべき行動は、社内をカレーライス一本でまとめることです。決して「カレーすき焼き」を作らせてはいけません。 

本書で一番ウケた一文です。ここに本書の全てが凝縮されている感じ。サラリーマン経験のあるかたは身につまされませんか?できちゃうんですよね、カレーすき焼き。しかも頻繁に。

中庸を取るとロクなものは出来ない

みんな分かっているはずなのに、人が集まって会議をすると、何故か最後にカレーすき焼きができている。日本株式会社の構造的悲哀。

誰が何と言おうと、たとえ社長が「すき焼きが良い」と言っても、カレーライスで説得しなくてはいけません。消費者の求めるベストであるカレーライスで押し通す。それができなければ会社を勝たせることができないのです。こういうストレスのかかる環境で馬力が要求されるのもマーケターの宿命です。マーケティングをやる人は、そういう社内意思決定に関わる多くの部署や個人間のしがらみの中心に立たないといけません。

それってマーケターに限った話じゃないじゃん。とかいう突っ込みは野暮ですよね。結局、それぐらいでなくっちゃ駄目なんでしょうね。それが一番難しいと言えば難しいのですが。

あとは体験・体感主義ですかね。モンハンでもドラクエでも、自分で徹底的にやり込んでみる。労を惜しまず、コンテンツのコアな部分を自ら掴む。そうしないとファンのニーズに応えることが出来ない。

経年劣化していくコンテンツに毎年少しずつ投資していく(これまでの「映画」路線ですね)よりも、10年に1回「これだ!」というコンテンツに400億でも500億でも投資したほうが効果的だと言うならば、そのコンテンツにはまず自分が深く通じていなければならない。専任のコンテンツ担当じゃないですからね。そこは手を抜きたいでしょう、普通。既に流行ってるんだし。やはり大したものであります。

ビジネスで大きく成功する人って、自分の仕事への愛情というか自負がとても強い。マーケターとしての矜持が伝わってくるようで、なかなかいい本だと思いました。多分、誰が読んでも面白いですよ。

以上  ふにやんま

『丘の上のバカ』ぼくらの民主主義なんだぜ2

『丘の上のバカ』ぼくらの民主主義なんだぜ2 高橋源一郎(2016) 

月イチの「朝日新聞論壇時評」から4年分、48回をまとめたものが前著。その続刊が本書です。2200文字という量的制約と、新聞の広い読者層を踏まえて、2冊とも平易で読み易い。「民主主義とは何か」を自らに鋭く問いかけつつ、読者にも新たな啓発を与えてくれる良書です。たとえば。

民主主義から少し逸れるのですが、『もっと「速さ」を』という本書の一文から。

だれかがなにかを書いていて、ああ素敵だ、と思えるときがある。そういうとき、それはなぜだろうか、と考えると、そこに「知性」(の働き)があるからではないか、と思えることが多い。

こういう謎かけっぽい切り出しから始まることが多いのは、意識しての技巧なのでしようね。それはさて置き。筆者は「尊敬する」という形容とともに鶴見俊輔氏の一節を引用します。

 〈私の息子が愛読している『生きることの意味』の著者高史明の息子岡真史が自殺した。『生きることの意味』を読んだのは、私の息子が小学校四年生のときで、岡真史(14歳)の自殺は、その後二年たって彼が小学校六年生くらいのときだったろう。彼は動揺して私のところに来て、

「お父さん、自殺をしてもいいのか?」

とたずねた。私の答は、「してもいい。二つのときにだ。戦争にひきだされて敵を殺せと命令された場合、敵を殺したくなかったら、自殺したらいい。君は男だから、女を強姦したくなったら、その前に首をくくって死んだらいい。」   

 そのときの他に、彼と男女のことについてはなしたことがない。私は自分で、男女のことについて、こうしたらいいという自信をもっていないからだ〉(『教育再定義への試み』)

答の重さと、小学生の息子さんに即座にこの重たい答を返す鶴見氏の覚悟とに、しばしフリーズ。比喩ではなく、血を吐くような答が持つ質量に圧倒されて、身体が固まります。

こういうセンシティブな内容を、前後の文脈抜きに引用することは誤解を免れえないと知ってはおりますが、恐れず前に進む私。

わたしは、時々、学生たちに、同じ質問をしてみる。すると、回答は二つに分かれる。    

(1)難しい、といって絶句する。      

(2)少し考えて、紋切り型の回答をする。「死んじゃダメだ。生命はなにより大事だから」といったような。(中略)

でも、このときの「考える」は、ほんとうに考えている、といえるのだろうか。こういう場合の「考える」は、ただ、どこかにある正しい回答を探しているだけで、そういうのは、「考える」とはいわないのではないだろうか。

注)赤字は引用者(ふにやんま)。本来は傍点が振られております。

むむむ。そういう気がする。借り物の答を息子に返すのは嫌だなあ。

実は、この「回答」は、前の戦争中、鶴見さんが自分に対してもっていた「回答」だった。いいかえるなら、鶴見さん自身に向かってだけの「回答」だった。

鶴見さんは、自分は弱い人間だから、戦場に出て敵を殺せと命令されたり、やはり戦場で女性を前にして他の兵士たちが強姦するのを前にしたら、同じようなことをしてしまうだろうと考えていた。そうならないようにする唯一の方法は、その前に自殺してしまうことだった。だから、鶴見さんの「回答」は、「…だ」ではなく、「わたしなら…する」というものだった。

高橋氏の意図は、小林よしのり氏の『戦争論』的な議論をすることでも、西村眞悟氏(古いかな)のような発言の是非を問うことでもありません。一般的な自殺論ですらない。いずれも大事ですけれどもね。

世界からの問いに、「わたしなら、こうする」と即座に回答すること。この「回答」と、それにも増して、その速さの中に、わたしは、深い叡智を感じるのである。

ただ「速い」だけの「回答」を作ることなら、だれにでもできるだろう。          

だが、ほんとうにわたしたちが必要としているのは、そのことによって、受け取る側の人間が、自力で、どこか遠くへ行くこともできるような「回答」だ。

かーっ。やつぱり上手いな高橋源一郎氏。このあたり流石です。

そのような回答を「速く」、作り出すことのできる力、それを、「知性」と呼んでもかまわないような気が、わたしにはするのである。

別項ですが、今流行りの反知性主義については、      

わたしは、「反知性主義」という言い方の中に自然に含まれてしまう、「あんたたちは反知性だけれども、こっちは知性」というニュアンスが、どうしても好きになれないのである。 

とサラッと言い切ってしまう高橋源一郎氏。本当の知性とはこういうもんじゃね? と投げかけられた読者は、ここで深く首肯かざるを得ません。

他にも『伯父さんはルソン島に行った』      オバマさんのことば』等、読み応えのある項がふんだんに。高橋氏の意図とは無関係に使われそうな危うさすら感じます。          

これだけの内容でしかも新書ですから、気になられたかたは是非全文をご確認下さい、と結んでも無責任ではないですよね?

力量不足を「自分で読んでね」で誤魔化しつつ、それを隠さぬ私。雄々しい。

以上  ふにやんま

久々に漫画をまとめ読み

昔から懇願され続けてきました。

家人:電車で漫画を読むのだけはやめてけれ。

私:ねえオンジ、それっていけないこと?

何が駄目なのか今だにさっぱり分かりません。

ちなみに私、東スポのお子様や女性に対して不適切な紙面は、車内ではちゃんと折りたたんで人目に触れないようにする常識人なのに!当たり前か。

最近のまとめ読み。なお読み始めたら基本的に全巻読破するタイプです。

ゴールデンゴールド堀尾省太  

連載中の漫画でまだ2巻までしか出ておらず、正確には「まとめ読み」ではないのですが。気に入ったので2冊とも画像貼っちゃいました。瀬戸内に浮かぶ小島、寧島の浜辺で主人公がたまたま拾ったフクノカミ像。ただの置物かと思いきや・・・という風変わりなスタートから、2巻まではとて上手くいっています。これからどうなるのか、久しぶりに楽しみな進行中の漫画。

島民とフクノカミのビジュアルWりシーンを極力セーブして、島の日常感を壊さずに話を進めて欲しいなと個人的には思っております。あとは島の規模を正確に反映して欲しい。彼岸島が大失敗しましたからね。どんだけ大きな島だよ!淡路島でも無理だよ!みたいな破綻がないことを祈ります。島が経済的に発展していくのは既定路線でしようから、期初の規模と、成長していく際の係数に違和感がないように。その方が断然面白いはず。かなり期待しているので要望が多い私。

 

 ドラゴンヘッド望月峯太郎

古っ。1994年に連載開始当時から、読もう読もうと思いつつようやく。映画にもなりましたし、大ヒットしましたよね~。2巻までは確かに面白いし、四半世紀経った今でも目新しい設定だと思いますが、その後の展開がつまらない上に、絵がどんどん見にくくなる。結局2巻の表紙、ノブオの奇怪なビジュアルが全ての作品だったのでは? ちょっと残念でしたが、今頃文句言うのは筋違いですよね。全10巻。

 

『神様の言うとおり 弐』原作:金城宗幸、絵:藤村緋ニ

神さまの言うとおり弐(1) (週刊少年マガジンコミックス)
 

本作『弐』ですので。お間違えなきよう。『壱』にあたる本編は全5巻で一応完結しており、本作はそのサイドストーリーという位置づけですが、時間的に平行なのと、最後に『壱』と合流する構成ですので、「後編」「第二部」と言ってよいかと。出来は『弐』のほうがいいですね。仕切り直したことでゲームやシナリオの作り込みが丁寧になって、全21巻まで連載が続いたのも頷けます。最後の数巻は主要キャラの長台詞が少々重たいのですが、なんだかんだで読み切らせる力はさすが。何故かカイジシリーズを再評価したりした私。

 

『ACMA:GAME』 メーブ、恵広史

なんだよ悪魔って。デスゲーム系なんて、ひとつ読めば十分だろ。

という先入観で放置しておりましたが、意外に面白かった。「閉鎖環境下、理不尽に始まる命がけのゲームに挑む」というのは既にステレオタイプ化していて、ジャンルとしては飽和状態だと思うのですが、ゲーム内容にこのぐらい凝るとやっぱり面白い。「今時、悪の組織ってどうよ?」とか「このキャラ設定、全然使いこなせてないじゃん」とか、突っ込みどころは多分にありますが、ゲームパートの面白さが勝ります。カードとかボードとか既存ゲームのアレンジに走るのではなく、コイン隠し、銀行強盗、粘土細工といった独創的な競技を出してくるところがいい。扉絵のパロディとか、巻末の "おまけまんが" みたいなところにもセンスを感じます。なかなかの実了者と見ました。

 

週刊少年誌って人気投票とかアンケートとか、すごく競争が激しいんでしょう?長期連載になったものは、それなりのレベルを備えている訳ですよね?しかし今際の国のアリスリアルアカウント』『トモダチゲーム』(適当に思いついたものを挙げています)等々、世に氾濫するデスゲーム漫画を次々と読破するほどの時間はないし。。。GWの残りを漫画に突っ込む? では山ほど積んである活字の本はどうするの?

おじさん苦悶式。

以上 ふにやんま

『ぼぎわんが、来る』澤村伊智

『ぼぎわんが、来る』澤村伊智(2015)

ぼぎわんが、来る

ぼぎわんが、来る

 

第22回(2015年)日本ホラー大賞の大賞受賞作。ちなみに23回(2016年)は大賞が「該当作なし」でした。

この賞、それが結構多いんですよね。なにしろ栄えある第1回からいきなり大賞は「受賞作なし」ですから。最初ぐらい仕込みとかしないものかしらん。

選考のこうした厳しさが示すように、この賞の受賞作は文句無しに質が高い。まして〈大賞〉ならば鉄板です。

本作も十分に面白い。保証します。

ぼぎわんも怖いし。

作品の面白さを支えているのが、まず澤村氏自身が相当なホラーマニアであると思われること。

知見のストックが伺える部分が随所にあり、古今東西のホラー作品に通じているのが分かります。プロの読み手が、自分が読みたいものを書きました!という感じ。

次にキャラクターのひと捻り。分類上は土俗系、民俗系ホラーになると思いますが、『ぼっけえきょうてえ』三津田信三(作者が好きな作家の一人だそう)の作品との既視感を感じさせないのは、登場人物の現代的な味付けによる部分が大きいかと。

ネタバレにならない範囲で書きますが、まさかホラーでイクメンが出てくるとは。霊能者とか護符とか、まあまあベタなものも出てきますが、本作はことさらホラー好きではないというかたでも抵抗なく読める、ジャンルを超えた作品に仕上がっていると思います。

注)読んだ後で「もろホラーやんけー」「怖かったがなー」とか言わないで下さいね。本格ホラーであるのは当然で、その上でチャレンジをしているという話ですので。過去の大賞受賞作でもある『黒い家』とか、思いっきりホラーですが読まれた方は多いでしょう?あんな感じ。

で、本題です。本書の一番の推しは、宮部みゆきの選評です(澤村さんごめんなさい)

最終選考委員は超豪華で、なんと綾辻行人氏、貴志祐介氏、そして宮部みゆき氏の3名。人気、実力ともに一流どころを揃えました。凄いっ。

中でも宮部みゆきの選評は出色の出来。

本作のどこが優れているのか、ツボを外さず余さず文章化してくれていて、感嘆のひと言。この人に選ばれたならば、受賞の喜びも倍増でしょう。良かったなー澤村さん。

エピソードの進行に沿って一人称的三人称の視点人物が交代してゆく構成が、とても巧く機能していることに感心しました。

うんうん、首も折れよとばかりに頷く私。

小説的な遠近法が効いてくるので、読み手も登場人物たちと一緒に、「ぼぎわんがやってくる」恐怖を現在進行形で味わうことができます。

ダメ、もう折れた。「小説的な遠近法」については省略。

そして本作で最も印象に残る台詞、

あんなもんは呼ばなければ来ない

もキッチリと抜粋。

そう、その台詞、最高ですよね!

もう首、付け根からブラブラです(ホラーっぽい表現に傾きがちな事をお許し下さい)

冒頭でプロの読み手という表現を使いましたが、宮部氏は超一流のプロの書き手であると同時に、超一流のプロの読み手でもありました。

他の二人の選考委員も本作を大賞に推しており、満票ということで選者各位の目利きは確かなのですが(ぶん殴られるかな)、宮部氏の作家としての誠実さと言いますか、原稿用紙があれば常に最善を尽くすという姿勢には、ぼぎわん以上の凄味を感じましたね。たとえ悪っ。

1ページ弱の選評ですが、そこにたどり着くのを楽しみに読破するのも、本作の読みかたとしてお薦めかと。

やっぱり超一流は凄いっす。

以上  ふにやんま