ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

日本における学問とリベラルアーツ

今日は雑誌SAPIO小学館)9月号から。

「ふしぎなイスラム教」第5回

なぜ日本の官僚は海外で通用しないのか

と題した、社会学者・橋爪大三郎氏と

作家・佐藤 優氏の対談です。

SAPIO(サピオ) 2015年 09 月号 [雑誌]

SAPIO(サピオ) 2015年 09 月号 [雑誌]

 

※ 誌上では、佐藤氏のヘッドラインでの肩書は「元外務省主任分析官」

なぜ日本人は学問が嫌いなのか

佐藤 私は慶応や早稲田で講義したこともあるのですが、日本人がいかに学問が嫌いか実感します。

 学生たちに話を聞くと自分が入学できるなかでもっとも偏差値が高い大学に入りたかったという動機以外は何もないんです。あるとしても、親の期待に応えたかったとか、同級生にでかい顔をするとか・・・。何より彼らは受験勉強に意味がないと考えている。

 橋爪 これまで佐藤さんと現代の民主主義や市場経済などを理解するには一神教の知識が欠かせないと話してきましたが、それ以前の話ですね。

佐藤 そう思います。嫌いで意味がないと思っていることは、絶対に記憶に定着しません。だからいつも学生に話すんです。嫌いなのはどうしようもないけど、受験勉強には意味があるんだ、と。広島の原爆投下が1945年で、ウェストフェリア条約が1648年と知っておかないと社会で相手にされないんだ、と。

橋爪 私も学生時代に自分が勉強する意味を考えました。そして決めました。試験のための勉強は絶対にしない。そして自分にとって無意味なことはやらない。興味が持てなければ、持てるまで勉強してみる。試験はどうでもよいのですから、記憶するときには、生涯にわたって頭に刻むという覚悟で記憶する。

佐藤 正しい姿勢ですね。意味のあるもの以外は記憶しないほうがいい。

 私は高校時代、受験勉強をせずに本ばかり読んでいました。ただどうしても無神論を研究したかったから同志社の神学部に入りました。何よりよかったのは当時の教授陣たち。彼らは戦時戦中に学ぶメリットがない神学を志した人たちです。戦争で命は長くないんだから、その前に自分なりに真理をつかみたいと考えていました。

 橋爪氏、すごいですねえ。

さすが学者になるような人は違います。

「試験はどうでもよいのですから」

なかなか言えませんよ。

高校生の時から、死ぬほど勉強好きだったんでしょうねえ。

高校生の橋爪君に会いに行って、頭を揺さぶっみたいものです。

「お前、大丈夫か?」と。

 

すいません。驚愕のあまり話が逸れました。

日本人は学問が嫌いというよりも、学問の本質に触れる機会がない、リベラルアーツ継承の伝統がない、ということだと思うんです。

リベラル・アーツ - Wikipedia

 

大学進学率が急激な上昇を示し始めた頃、

山口瞳氏は「誤解を招く言い方かもしれないが、本来大学に行くべきではない人が行っているように思えてならない」と言いました。

 

モラトリアムを価値あるものにしたいならば、世界を見て歩くとか、他にも選択肢はあるでしょう。

「大学ぐらい出ておかねば」という主体性の無い態度で、専門領域はおろかリベラルアーツすら身につかないで卒業するのなら、確かに大学など行かないほうがマシと言うものです。

 佐藤氏の言う「社会で相手にされない」は、「世界で相手にされない」と置き換えられます。

その事はドメスティックな意識が染みついた大学などよりも、民間のほうがはるかによく分かっています。

出所:courrier.jp

 外国で大きな商取引を成立させるには、責任ある立場にある人間と交渉しなければならない。

その際、交渉にあたる人間は、信頼に足るか否かの基準として、リベラルアーツの有無を見定められるという事を、商社マン達は身をもって知っているのです。

それは外務省時代、海外の要人と接触機会の多かった佐藤氏も同様だと思います。

 

【おまけ】同じ対談から

 なぜ日本人は「知識」を集めようとするのか

 佐藤 1年間で偏差値を40上げて慶応大学に合格した女子高生が主人公の『ビリギャル』という実話をもとにした映画が話題になっています。でも科目さえ絞れば偏差値30台くらいの子の偏差値を30上げることはさほど難しくはありません。

橋爪 偏差値とIQは一切関係ありませんから、十分あり得る話ですね。IQがよすぎる子は授業がばかばかしいから試験の点数が悪くなる。IQが高いのに偏差値30なんて子はごろごろいるのです。

佐藤 そんな子には、こういう本を読んで、こう努力すればいいよ、と入口さえ教えてあげれば、それでおしまい。

橋爪 その通りなのですが、問題は日本の教育が子どもから学ぶ動機を奪うようにできていることですね。

(中略)

佐藤 神学の世界には「総合知に対立する博識」という格言があります。断片的な知識をいくら持っていても、それは叡智、総合知にならなければ意味がない。

だから日本型の受験秀才である官僚の思考が、海外で通用しないんです。

橋爪 もちろん知識を積み重ねた方がいいのですが、知識が有機的に結びついて活用できなければ意味がない。結びつけるハブのようなものがなければ、知識がバラバラになるだけです。そうなると知識があるからと安心する分、かえって相手の本質を理解できなくなる。

 

大判3頁程度の対談ですが、なかなか

示唆に富んだ内容になっています。

これ、単行本になるのかな。

        以上 ふにやんま