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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

軍隊が守るべきもの

読書

昨日に引き続き、雑誌SAPIO

小学館)9月号から。

内容は続いておりませんのでご安心を。

雑誌名だけでやや引かれた方、私、

そういう人ではないので大丈夫です。

週刊朝日』『AERA』、たまには

週刊金曜日』なんかも読んだりする、

バランサーです。

なおブログで政治は語らないと決めている

ので、この高橋氏の連載と、現在を結びつけ

て論じることはしません。あしからず。

 

連載『世界に冠たる我がニッポン』

高橋源一郎

第3回「ニッポンの武器は人間!」

十年ほど前にNHKのHV特集で『取り残された民衆』という番組をやっていて、それは終戦(敗戦?)直前から直後にかけて、ソ連軍の侵入を受けた満州で、日本軍(関東軍)が開拓団を中心とした民衆を見捨てて逃げた、というものだった。

あれが「作戦」であったことはよく知られている。軍隊に民衆を守る義務なんかありません。そんなことも知らないで、番組を作るなんて信じられない。軍隊は国を守るのが仕事で、その国は何かというと、当時は「国体」(簡単にいうと「天皇制」)だったわけで、日本軍はちゃんと義務を果たしている。番組の中でもやっていたと思うが、日本軍は、逃げながら、橋を爆破し、落としていった。「それじゃあ、開拓団が逃げられない」と抗議した人もいたが「作戦だ」といって、冷静沈着に橋を壊した。なくなった橋の前で立ち往生した開拓団の人たちは、川に入って溺れたり、ソ連軍に追いつかれて殺されたりしたわけだが、その数はざっと8万。朝鮮経由で脱出した日本人の95%近くが軍人・軍属その家族で、民間人は5%ほどだったという記録も読んだことがあるが、それだけ軍人は生き残り、軍隊は保持されたわけで、この「民衆取り残し作戦」は大成功だったと思う。

兵士の80%が亡くなったフィリピン戦に従軍し、九死に一生を得た阿利莫二さんはこんなことを書いている。

「軍隊の大義名分は国民を守ることにある。しかし戦争が始まると、勝つために必要ということで、食料ひとつにしても軍隊優先。そして軍隊が大きくなればなるほど、国民を守るための軍隊が軍隊を守るための国民となる。そして軍隊は軍隊を守る軍隊、ついには司令部を守る軍隊、隊長のための軍隊になっていく。軍隊は階級が上昇するほど生還率が高くなる。とくに連隊長以下がそうだ。

最初にも書いたが、関東軍(日本軍)は、次の戦いのために転身するつもりだっただけで、わざと民衆を見捨てたわけではない。軍隊がなくなれば、誰が国を守るのか。軍隊を守ることがいちばん重要ではないか。だいたい、民衆のことなど考えていて、戦争ができるわけがない。ほんとうに頭が「お花畑」の素人は困る。 

でも、フィリピンでは、ちょっと困ったことが起こった。あそこでが民衆も死んだが、守られるはずの軍隊も大半が死んでしまった(死亡率80%)。それは、大本営が、フィリピンを、本土決戦のために米軍を足止めする場所として選んだからだ。実際には、本土決戦ではなく「国体護持」が主な理由であったわけで、そのためにはできるかぎりフィリピン(や沖縄)の日本軍に抵抗してもらわなければならず、とはいっても、武器も食料もほとんどないので、兵士は大半が死んだのだ。(後略)

 いつも本連載は読み飛ばしていたのですが、

今回は高橋源一郎氏、なかなかいいことを書い

いています。かなり偽悪的な表現を使っていま

すが、これはテクニックですので。念のため。

 

社会学的な言い方をすれば軍隊、警察は共に

暴力装置」に違いなく、確かにその本分は

国体の維持です。

 

「国民が残れば、日本という国家は無くなら

ない」という小松左京日本沈没的な

国家観もあろうかとは思いますが、基本的に

「国体」とは領土・国民・主権・統治機構を

備えたものであるべきで、「国が沈む」と

いった異常事態はあくまでも例外です。 

 

その点、「軍隊の本分は国民を直接的に守る

ことではなく、国体の維持に最大限の努力を

図る事である」という高橋氏の指摘には、

頷かざるを得ません。「国体を守ることが

間接的に国民を守ることになる」という三段

論法が成り立つからです。

 

逆に言うと、ここからが高橋氏の真意でも

あろうかと思うのですが、一旦戦争が始まった

場合、自国民への軍隊の残虐性が剥き出しに

なります。


軍隊は暴力装置ですから、評価基準は当然

「暴力」の強弱です。強くある為には、戦力を

なるべく失わないことが望ましい。

コラムにおけるフィリピン戦のような、一見

非効率に見える作戦も、時間稼ぎによって

後方の再整備を行う、暴力装置」の機能

回復を図るという目的の下には、全体最適

有効な作戦として認められてしまう訳です。


災害救助時と戦時では、組織としての軍隊の、

自国民への優先順位は全く異なる。

これは世界共通の軍隊の性質でしょう。

震災時の救助活動を以って、暴力組織の本質を

見誤る事は、極めて危険なことだと言わざる

得ません。

 

戦争が始まれば、我々は

「庇護されるべき国民」から、

「軍隊を守る為の国民」に位置づけを

変えます。

実は本連載のタイトル、

「ニッポンの武器は人間!」

は、巷間言われるような意味ではないのです。

いささか引用が長くなりましたので、肝心

かなめの部分は触れずにおきました。

興味のあるかたは是非、全文をご一読

ください。

 

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ぼくらの民主主義なんだぜ (朝日新書)

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           以上 ふにやんま