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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

『国民のコトバ』高橋源一郎

音楽 読書

『国民のコトバ』高橋 源一郎(2013)

 

国民のコトバ

国民のコトバ

 

 

という本がありまして、これが日本語のプロである職業作家の面目躍如。非常に面白いです。

◯「萌えな」ことば 
◯「官能小節な」ことば 
   (中略)
◯「こどもな」ことば
◯「オトナな」ことば            
といった15の「ことば」の章で成っておりまして、出色の3章目、
◯「相田みつを」なことば 
は、こう始まります。

そういうわけで、「国民のコトバ」というなら、「相田みつを」を、というか、「相田みつをな」ことばを登場させないわけにはいかない。 誰だって、そう思うんじゃないか。なにしろ、谷川俊太郎さんが、唯一、ライヴァル視する「詩人」なんだから。

ある時、尊敬する都築響一さんが、「相田みつを」をとりあげ、いわゆる評論家も詩人も、いっさい彼を無視しているのはおかしい、と怒りの声をあげた。「相田みつを」の「詩」は、どんな詩人たちの作品より、人びとの胸をうっているではないか。それを「詩」と呼ばないのは、詩人たちの (評論家たちの) 傲慢ではないか、とおっしゃったのだ。わたしも同感だ。人びとの胸に届くものは素晴らしい。それだけ高い評価に値すると思うのである。      

けれども。「相田みつを」のことばが、「詩」であるのか、というと、そう簡単に「そうだよ」といえない気がするのである。          

じゃあ、おまえは、「相田みつを」のことばをつまらない、と思っているのか、と訊ねられたら、そうではありません、と答えるだろう。

続きが読みたいっ!というところで引用はやめておきます。我々の生活の中に、相田みつをはこれほどまでに深く浸食していたのかと、改めて感じ入った次第です。
修造カレンダーなど、まだまだ可愛いものでした。うちのトイレにもしばらく置かれていたものの、子供達の「出るものも出なくなるからやめて欲しい」という反発の声で、何処かに貰われていきましたが。
 
同じように、多くの人の胸を打っていながら、なかなか「詩」あるいは「詩人」として評価されない存在に作詞家があります。
J-POPと呼ばれる以前の歌謡曲、特にアイドルソングの評価は、あまりにも作り手を主語に語られる機会が少なくて寂しいです。
 
『秘密の花園』松本 隆 詩集 

 

秘密の花園 (新潮文庫)

秘密の花園 (新潮文庫)

 

 

中学生の頃、発売されてすぐ買いました。

アイドル全盛期、当時最高レベルの、時代の先端を行くクリエーターの楽曲が、惜しげも無く彼らに提供されていた事は、もっと見直されてよいと思うのです。
松田聖子さんに提供した楽曲だけに絞っても、松本隆氏の作詩は本当に素晴らしかった。
 
風立ちぬ」(作曲:大瀧詠一)
  (作曲:呉田軽穂松任谷由美ですね)
 「渚のバルコニー」(同上)
 「制服」(同上)
 「秘密の花園」(同上)
 「瞳はダイアモンド」(同上)
 「蒼いフォトグラフ」(同上)
 「Rock'n Rouge」(同上)
 「時間の国のアリス」(同上)
 「ピンクのモーツアルト」(細野晴臣)
 「ガラスの林檎」(同上)
                                     ・・・・。
 
クラクラするような豪華布陣と、楽曲の素晴らしさ。
くどいようですが、これは松本隆氏が松田聖子さんにstringsを提供した楽曲だけで、しかもその抜粋である事をお忘れなく。
松田聖子さん以外のかたへ歌詞が提供された楽曲は、是非ご自身で調べて驚愕して欲しいので割愛します。
 声を大にして言いたい。
松本隆すげー!評価低すぎ!
松本隆の手掛けた作品は、シングル1位獲得作品52曲 (作詞家歴代1位)、シングル総売り上げ枚数4,948万枚(作詞家歴代2位)という記録を誇り、日本の音楽シーンにおける大きな金字塔です。                                      
出所松本隆に捧ぐ-風街DNA- 

スニーカーぶる~す筒美京平) !

ハイティーン・ブギ山下達郎) !

いかんいかん、割愛すると言ったばかりでしたね。

時代の空気を巧みに言葉に変え、文芸としての「詩」よりもはるかに多くの人を魅力したコトバの使い手が、詩人として評価される事は全く無いという矛盾。
音楽業界における名声、ヒットメーカーとしての商業的な成功は、一般人の私でも伺い知るところではありますが。
かの伊集院静氏もお金の無い頃、近藤真彦さんに提供した作詞の印税で、随分助けられたと書いていましたので、ヒット曲の報酬は決して悪くないようです。
ただ作詞家の皆さんは、それで満足なのだろうかと案じてしまうだけでして。
 
誤解の無いように言っておきますと、私は詩人が作詞家より上だとは全く思っておりません。村松友視氏の言葉を借りれば、ジャンルに貴賎なし、ジャンル内に貴賎が存在するのみです。
 
なんだかバブル世代の嘆き節のようになってしまいました。
花はパッと咲いて潔く散る。ヒット曲の歌詞もまた、それで良しとしないとイカンのでしょうかね。
 
花はただ咲く ただひたすらに
みつを
注) 引用でまとめてみたものの、相田みつを氏、私かなり苦手だったりします・・・。
 
以上  ふにやんま