ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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『マイノリティーの拳』~世界チャンピオンの光と闇~

 『マイノリティーの拳』~世界チャンピオンの光と闇~ 林 壮一  2006

マイノリティーの拳

マイノリティーの拳

 

正直ボクシングには詳しくないです。『はじめの一歩』は読んでいますが。

本書でも《石の拳》ロベルト・デュランとか出てくると、「あー、あの船木とやったTシャツで太鼓腹のオッサンね。生で見たな〜」と思い出すレベル。

ボクシングファンのかたにはぶん殴られるかもしれません。

注)デュランは全階級・全時代を通じた最強のボクサー候補の一人だそうで。初めて知りました。

ただ格闘技は全般に好きなので、面白い本だと聞けば、つい読んでしまいます。

その競技のファンでなくても楽しめるのが、良いスポーツノンフィクションの定義の一つではないかと。

 

アメリカのプロボクシングは国民的人気スポーツであり、ビジネスの規模は日本とは比較にならないほど巨大です。

その巨大さ故に、極めてアメリカ的な「ショービジネスの構造」と、資本主義的な「搾取の構造」がたっぷり染み込んでいます。

世界チャンピオンにまで昇り詰めた者でも、必ずしも幸せな現役生活と晩年を送れるわけではない。

この皮肉なアメリカ・プロボクシング界の現状が、本書の主題です。

 

本書は4章構成で、登場するのは

 第1章 同じ師を持つ2人のチャンプ

 ホセ・トーレス/マイク・タイソン

 第2章 45歳のカムバック

 アイラン・バークレー

 第3章 父(ダディー)

 ティム・ウィザスプー

 第4章 セカンド・チャンス

 ジョージ・フォアマン   

という超豪華な布陣。

 

「ちょっと待て。ど素人の俺でも知ってるビッグネームばっかりじゃん。本当に作者は日本人かよ?」と、思わず表紙を見返してしまいました。

日本のスポーツライターがヒョイとアメリカに飛んで、これだけの顔ぶれに会った上で、実のある話が聞き出せるとはとても思えなかったからです。

林氏は、自身もボクサーのプロライセンスを持ち、在米期間も本書出版の時点で10年に及ぶと分かり、納得しました。

それぞれの元チャンプと個人的な親交も厚いようで、そういう意味ではなかなか希少なルポだと言えるでしょう。プロのライセンスを持った非白人のライターが、彼らにとってどれだけ心を開きやすい存在かは容易に想像がつきます。

 

本書のテーマから少し外れたところから入りますが、まずはマイク・タイソンの若き日の逸材ぶりから。

1979年。引退から9年半が過ぎ、文壇や地域団体、ボクシング界で新たな力量を発揮していたトーレスに、恩師であるダマトが電話を描けて来た。ダマトは弾んだ声で話した。

「ホセ、無限の可能性を秘めた少年と出会ったよ。近く私は、お前以来の世界王者を生み出すことになるだろう」

トーレスがダマトから紹介されたのが、当時12歳のマイク・タイソンだった。

「最初に会った日は、はにかみ屋なんだな、という程度の印象だった。ゲットーで育った非行少年で、少年院を出たばかりというだったけれど、そんな話はボクシング界では珍しくも何ともない。私の周囲にいるチャンピオンたちも、およそ9割以上がゲットー出身者だ。赤貧生活で飢えを感じるなか、若い男の子は犯罪に手を染めるか、ボクシンググローブを嵌めるか、選択肢は二つしかないんだよ。

それでも話を聞いてみると、9歳から12歳までの3年足らずに51回も逮捕されたって言うんだ。ワイルドな子がいるもんだとビックリした。

(中略)

「3ヵ月後に初めてタイソンのスパーリングを目にした。衝撃的だったねえ。こんな子がいるのか、と思う程の逸材だった。信じられないパンチ力とスピード、これは間違いなくモノになる。モハメド・アリに匹敵する世界ヘビー級王者になるだろうって、確信した」

 

タイソンの後年が語られる前の、複雑な兄弟子の言葉。

私にとってもタイソンにとっても、カス・ダマトは第二の父さ。

技術だけでなく、人間としても成長させてもらった。カスは、私が稼いだファイトマネーに1ペニーも手をつけなかった。通常マネージャーは、3分の1を受け取るのにね。出会った頃、私は弱冠20歳だった、カスに一人前の社会人にしてもらったようなもんだよ。

タイソンにも、『人間性を高めなさい』『カネなど二の次だ』と繰り返し説いていた。私に語った時と全く同じ台詞だった。口調まで一緒だったよ。当時は、タイソンもカスの言葉を解していたんだがね。

カス・ダマトは『リングにおける恐怖感は、火のようなものだ』という格言を持っていた。

「恐怖や不安を感じないボクサーなど、どこにもいない。恐怖心とは、火のようなものだ。上手く扱えば、自らを温めてくれる。でも、使い方を誤ると生命を失う危険性を孕んでいる。ボクサーはいつも、恐怖を上手くコントロールしなければいけないよ」 

タイソンの師であったカスは、タイソンが連勝街道を驀進し始めた11戦目に還らぬ人となり、その1年後、タイソンは世界タイトルを獲得します。

タイソンは1986年11月にWBCタイトルを奪取し、20歳5カ月という史上最年少の世界ヘビー級チャンピオンとなると、およそ3か月後にWBA、さらにその5カ月後にIBFのベルトも腰に巻き、統一ヘビー級王者の椅子に座った。31勝無敗。31勝のうち、ノックアウトを逃がしたのは4試合のみという圧倒的な強さであった。

「タイソンの実力からすれば、当然の結果だよ。彼は単なるチャンピオンじゃない、スーパー・チャンピオンなのさ」 

 

元世界チャンピオンからも「別格」のチャンピオンと認められた男、タイソンの転落劇がここから始まっていくのですが、続きは是非本書を読んで下さい。

2,000万ドルまでファイトマネーが釣りあがったスーパー・チャンプの絶頂期はわずか3年あまり。

その後はタイソン自身のメンタルな問題と、プロモーターのドン・キングのような、トーレスに言わせると「ボクシング界に大勢居る、汚い人間」が、寄ってたかってタイソンからボクサーとしての努力の習慣と技術、鍛えられた肉体を奪っていく。

とても哀しい件(くだり)です。

余談ですが日本でも、ビール会社のCMに絶頂期のタイソンが起用された事がありました。黒のトランクスに隆起した筋肉。撮影用なのでしょうが薄手の小さなグローブを嵌めたタイソンは、モノクロの画像でしたがこの上なく美しく、鮮烈でした。

総合格闘技ファンの私にも、「世界最強の男とは、ボクシングのヘビー級チャンピオンのことである」と言う有名な台詞に、頷かせるだけの迫力が当時のタイソンにはありました。

 

本書はファイトマネーのピンハネ、不可解な判定といったボクシング界のダーティな裏事情や、ボクサーが自己肯定感の欠落でアルコールやドラッグに身を持ち崩していく過程に触れた部分もあり、なかなか辛いです。

その中でエピローグでの、やはり元世界チャンピオン、マーベラス・マービン・ハグラーの台詞が印象的でした。

 

「諦めずに自らの目標に向かって努力していたら、いつか何かが起こるもんさ。昔、トレーナーに言われたよ。『お前がキューキュー軋む音を立てて車を走らせていたら、きっと誰かがオイルを入れに助けに来てくれる。人生とは、そういうもんだ』って。

本当にそうさ、でも、いい事を待つだけで、何もしない者のところに幸せはこない。ボクシングは私に人生を与えてくれた。ある意味で教師だな。人間はどうあるべきか、精神とは如何なるものか、全てを教わったね」

この発言を耳にした時、私は深く頷いた。身体の奥底に染み込んでいくような、真理と呼べる言葉だった。

 

沢木耕太郎のボクシングもの、『一瞬の夏』『敗れざる者たち』に感激した事があるようなかたなら、きっと楽しめると思います。

未読のかたは、あわせてどうぞ。

一瞬の夏 (上) (新潮文庫)

一瞬の夏 (上) (新潮文庫)

 

 

敗れざる者たち (文春文庫)

敗れざる者たち (文春文庫)

 

 

林壮一氏は本書出版後、アメリカの貧しい子供たちを対象にしたハイスクールの教壇に立つのですが、 そちらも興味のあるかたは、是非拙稿をご覧頂ければ。

 

  

         以上 ふにやんま