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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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酒呑みはこれを呑めもといこれを読め(下)

読書

後半は左党の大御所、山口瞳先生にご登壇頂きましょう。

『酒呑みの自己弁護』山口 瞳  1973 

本文イラスト:山藤 章二

酒呑みの自己弁護 (ちくま文庫)

酒呑みの自己弁護 (ちくま文庫)

 

山口瞳氏は万人受けとは程遠い作家で、かなり読者を選びます。女性ファンが非常に少ないように思いますがどうなんでしょう。

本書も酒呑みの本でありながら、瞳節全開ですのでそのおつもりで。

酒を飲むことに関する唯一無二の自己弁護もこれである。酒をやめたら、もしかしたら健康になるかもしれない。しかし、それは、もうひとつの健康を損ってしまうのだと思わないわけにはいかない。

有名な文章なので、ご存知のかたも多いと思います。本の帯にも背表紙にも使われていました。

昭和二十七年の頃、私は、ただこれ一箇の酔っ払いだった。困った奴だった。心中にあかあかと燃える理想などはまるで無く、勉強もせず、小説家になりたいとも思わず、なれるとも思っていなかった。

私は焼酎を飲み、後楽園球場の外野席で暴れているところの破落戸(ならずもの)だった。折あらば大量の酒を飲み、交番の前へ行って、直立不動の姿勢で「赤旗の歌」を歌うという男だった。

基本的に屈折した人なんですね。なのに浮世の義理には篤い。こういう人は大概酒に向かいます。でも呑んでなお、洞察の眼は酔うどころか冴える一方。そんな自分を若い頃は持て余していたことが、本書からも伺えます。

 

田舎に育った人ほど都会に対する憧れが強い。また、田舎の人は、書物によって都会を勉強するようになる。すこし飛躍するけれど、従って前衛的になる。それは、書物や雑誌というものは、だいたいにおいて前衛的だからである。前衛芸術家というものは、ほとんど田舎者である。

田舎で育った人は、たとえばパリに対する憧れが強烈である。酒場で酔っ払ってシャンンソンを歌う人は、まず田舎者だと思って間違いがない。

私は田舎で育った人を軽蔑するつもりはない。理の当然を説くだけである。田舎から東京へ出てきた人は、下町の横丁に住んで江戸前を気取ったりする。あるいは青山のマンションに住む。このいずれかになる。

こういう言わずもがなのことを言ってしまう人なんです。読者を選び、好き嫌いが分かれると冒頭に言ったのは氏のこういった部分ですね。

 

私が酒場で喧嘩になるときのひとつのキッカケは、相手が、戦争中に、いかにして徴兵を逃れたかということを得々として話し出す時だった。当時の私は、それだけはどうしても許せなかった。徴兵逃れに成功したのはインテリに多かった。

私は知らなかったのであるけれど、実に巧妙な方法があったのであり、そのために命ながらえた人が案外に多いのである。 

小狡いことが嫌いで、弱者を軽んじることが許せない。「お前の代わりに死んだ兵隊がいるかも知れないんだぞ!」という氏の怒号が聞こえそうな一文です。

 

酒癖の悪い人とはどういう人であろうか。がいしていえば、それは心に鬱屈するところのある人である。

従って、これも、おおよそのことでいえば、おとなしい人があぶない。小心な人があぶない。傷つきやすい人がいけない。コムプレックスのある人があやしい。温和な婿養子なんていうのが一番危険である。

(中略)

文壇関係のパーティで、私にスピーチの指名があり、司会者が、私を、戦中派コムプレックスの権化と紹介したことがある。そのとき少し腹が立ったけれど、後になって、うまいことを言うなと思った。私にはそういう傾向がないことはない。

私には、自分より年長の人はすべて敵だと考えている時期があった。それは、 昭和十七、八年において最も激しく、だんだんに薄らいでいった。

年長の知識人というものが憎らしくてたまらなかった。すべて、自分を戦場に追いやる者、死においやる者と思われた。

いまとなってみると、そんな馬鹿なことはないと思う。しかし、当時においては、そう思いつめ、その思いに把え(とらえ)られていた。その思いは、戦後になっても、ずっと長く続いていた。

この、思いつめるというのがいけない。これが酒癖に作用する。人を狂わせる。私にはひどい偏見があるといわれるが、その源は、すべてそこにあると思われる。

長文の引用になりましたが、氏自身による貴重な山口瞳論。さすが一流の作家。ご自分のこともよく分かっておられます。

 

引用を始めるときりがないのですが、この本の白眉は「泰然自若」の項。酒呑みあるいは酒の呑み方について、氏の好き嫌いがまとめられています。

何が厭だといって、酒を飲んでガラッと態度が変わってしまう男ほど厭なものはない。

ダジャレを飛ばす人がいる。これがうるさい。こちらの神経に突き刺さってくる。

私はダジャレが嫌いなのは、酒を飲みながら、そういうつまらないことを考え続けているというのが厭なのだ。  

態度が変るというなかでも、もっとも嫌いなのは、なんというか、猥雑になってしまう人である。

もっと具体的に言うと、女性に対する態度が粗暴になる人である。

「おい、ナニ子、こっちへ来い!」

なんて言う。平生の彼からはとても考えられないことを言ったり行ったりする。まるで、酒を飲むということは豪傑になることであり、豪傑とは女を苛める(いじめる)ことだと思っているようだ。

そういう状態をデキアガッテイルと評する人がいる。冗談じゃない。それを酒の害にされてはたまらない。その人は、そもそも品性が卑しいだけの話だ。

(中略)

酒場の女が私に言った。

「あなたってちっとも面白くならない人ね」

私のようでもいけないようだ。

(中略)

酒を飲んでも平生と変らず泰然自若でありたい。

「それが出来たら苦労はしませんよ」と言いたいところですが、そこは人生仮免許。日々、鍛錬と精進を続けております。

 

余談ですが、本書は『夕刊フジ』で作家と山藤章二氏がペアを組んで連載するというシリーズの一部で、この組み合わせが面白いんですね。

梶山季之

山口瞳

筒井康隆

吉行淳之介

井上ひさし

五木寛之

渡辺淳一

藤本義一

青木雨彦

中島梓(ここから山藤章二氏の指名)

・つかこうへい

村松友視

景山民夫

林真理子

横澤彪

まさに多士済々なのですが、組み合わせの相性、スイングするしないの差が歴然とあります。筒井康隆氏とのコンビ(『狂気の沙汰も金次第』で単行本化)が最高。回を追うごとにお互いの掛け合いがノッてきて、面白さが加速。まさにswing。山口瞳氏、景山民夫氏もいい線いっています。

いかにも噛みあいそうな吉行淳之介氏とのコンビが、あまり冴えなかったのは意外でした。

 

なぎら健壱中島らも山口瞳と男性の「濃い」酒呑み本が続いたので、最後に女性の本を。

「この人、イケる口だったんだ」という発見も酒呑みの楽しみの一つということで。

『百人一酒』 俵 万智  2003 

百人一酒 (文春文庫)

百人一酒 (文春文庫)

 

男というボトルをキープすることの期限が切れて今日は快晴

 あ、歌集じゃないですからね〜。

【おまけ】

今週は魚の美味しいお店を教えてもらい、名物の「国産はまぐり掴み取り」に挑戦。その日最高の1.2kgをキャッチ。たっぷり三人前はある酒蒸しのあとで、残ったはまぐり出汁を味噌汁にしてくれるのですが、これがまた旨いのなんの。三杯の味噌汁込みで980円!お値段も驚きの名物メニューでした。北海道産の白大はまぐりは網焼きで。もうお酒が進む進む。刺盛りも穴子の白焼きも美味しくて、「必ずまた行かねば」級のお店として胸に刻みました。

では今日も夕暮れを待つことにしましょうか。

          以上 ふにやんま