ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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『人間臨終考』森 達也

『人間臨終考』森 達也(2015) 

人間臨終考

人間臨終考

 

ノンフィクション作家、森達也氏による珍しいフィクション要素を含む本書。そういえば昨年の同時期に、フィクションの長編『チャンキ』を出されていましたね。芸域拡大に向けて、色々と試行錯誤されているのでしょうか。

さて、本書はタイトルからも分かるように山田風太郎氏による快著(この表現まずいかな)『人間臨終図鑑』へのオマージュでありパロディです。巻末「参考資料」では筆頭に挙げられていますので、この言い方で間違いないかと。

 

連載にあたって「死をテーマにしたい」と言い出したのは森氏、「歴史に名を遺した人の死にざま」をアイデアとして出してきたのは編集者だとあとがきにあります。「面白いかな」と思ってそれを受け入れたのも自分だと。

私はこれを婉曲な「上手くいかなくてごめんね」として捉えました。オマージュと言えば聞こえはいいのですが、やはり借り物は借り物。しかも同工異曲は嫌だ!とばかりに慣れないフィクションを交え、パロディっぽい仕掛けを施したので、オリジナルと比較するのは気の毒なレベルの仕上がりになってしまいました。

森達也氏は好きな作家ですので、擁護したいのはやまやまですが、本家・山田風太郎氏の『人間臨終図鑑』の出来が良すぎると言うべきでしょう。すごいぜ山田先生。

 

で、本書ですが、森達也氏のキャリアにおいて「無かったこと」になりそうな予感が少なからずしつつも紹介するのは、

・過去の著作で繰り返し主張されてきた内容が、パロディ部にコンパクトに収められている

  

・したがって、森達也ファンにはやはり面白いことは面白い

為です。必然的に「森達也なんて読んだことない」というかたには全くお勧めしません。あしからず。

 

取り上げらたれたのは全部で18人。

石川五右衛門(生年不詳〜1594)
ブッダ(前463〜前383)享年80
バラバ(生没年不詳)
ラスプーチン(1871頃〜1916)享年45
アイヒマン(1906〜1962)享年56
ガガーリン(1934〜1968)享年34
ノーベル(1833〜1896)享年63
ベートーヴェン(1770〜1827)享年56
キュリー夫人(1867〜1934)享年67
江青(1914〜1991)享年77
クォンデ(1882〜1951)享年69
頭山満(1855〜1944)享年89
坂本龍馬(1835〜1867)享年31
弁慶(生年不詳〜1989)
親鸞(1173〜1262)享年89
アンドレ・ザ・ジャイアント(1946〜1993)享年46
チェゲバラ(1928〜1967)享年67
飯島和夫(戦闘員)(1948〜2005)享年67

他に連載を書籍化する際に、小野小町ビンラディンフリードリヒ・エンゲルスをカットせざるを得なかったとあとがきにあります。

森達也氏らしいのは、基本的に1人に対して1つ、氏の従来の主張をあてはめている点で、「なるほど。そういう理由でのチョイスだったのか!」と納得させられます。ファンには対応する著作のタイトルがすぐに浮かぶはず。

 

石川五右衛門

「極刑とは死刑のことじゃ。しかし死刑では文法的におかしいとは思わぬか」

前田は考え込む。 

「わかりませぬ。極悪人だから死をもって刑罰とする。死刑でよいではござらぬか」

「ならばなぜ処刑前の確定囚が病気になったらこれを治療するのじゃ」

「それは、・・・処刑するためでござる」

「死をもって刑罰とするなら、病気など治さずに放置して死を待てばよい。あるいは自害でもよいはずじゃ。しかし自害は認められぬ」

「確かに獄で自害などされたら、責任問題で拘置所は大騒ぎでござる」

「つまりそういうことじゃ。極悪人に与えられる罰は死ぬことではなく殺されることなのじゃ。ならば文法的には、死刑ではなく殺刑という言葉のほうがふさわしい」

「なるほど。しかし石田殿はいまキョッケイと申されたが?」

「いかに文法的に正しかろうが、殺刑では生々しすぎる。死刑廃止運動が加速するやもしれぬ」 

死刑大国と呼ばれる中国、あるいは先進国では日本と並んで唯一の死刑存置国であるアメリカも、ここ数年は執行数が減少傾向にあることも知っている。ところが日本だけが増えている。国連からも毎年のように死刑廃止の勧告が来ている。知ったことか。これがこの国の形なのだ。伝統であり文化であり美学なのだ。悪いことをしたのなら命をもって償う。それの何がいけないのだ。実のところ冤罪はかなりあるが、悪化するばかりの治安を向上させるためには仕方がない。

・・・といのは建前。実のところ治安は悪化などしていない。 

そもそも社会学的には、死刑による犯罪抑止効果は認められていない。現状では世界の3分の2の国が死刑を廃止しているが、その後に治安が悪化したとのデータはほとんどない。カナダやスペインなどではむしろ廃止後に良好になったと聞いている。

歩きながら前田はひとりでうなずいた。デモクラシーとは多数決の原理だ。ならばいかに冤罪が明らかになろうが人権侵害などと国際社会から批判されようが、死刑制度存続は、この国の選択として間違いではない。

ちなみに何度か出てくる「前田」は、石田三成から石川五右衛門の極刑を指示される京都所司代前田玄以という設定です。

 

石川五右衛門》⇒死刑制度、という組み合わせになっている事がおわかり頂けるかと。森達也氏の過去の著作で言うと、こんな感じですね。

  

死刑のある国ニッポン

死刑のある国ニッポン

 

  

死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思う

 

 

きみが選んだ死刑のスイッチ (よりみちパン! セ)

きみが選んだ死刑のスイッチ (よりみちパン! セ)

 

触れ過ぎるとネタバレになってしまうのですが、

《アイヒマン》⇒ サリン事件公判

親鸞》⇒ 正義の名の下の大量虐殺 

といった組み合わせに、森達也氏のライフワークが込められているという構成です。

残虐だから殺すのではない。凡庸だから殺すのだ。特に集団における「自衛」や「正義」などの業縁が芽生えたとき、人は大勢の人を躊躇なく殺す。それが人類の歴史なのだ。

といった感じに。

避けて欲しいのは、森達也氏の主張の「NAVERまとめ」的な目的で本書を手に取られること。

なお、私的に一番面白かったのは最後の飯島和夫(戦闘員)でした。

 

では最後に問題を一つ。森達也ファンのかたでも難しいかな?

Q、本書におけるアンドレ・ザ・ジャイアントは、森達也氏の過去の主張のどこにつながるでしょう? 

ヒント:アンドレは公称223cm の、プロレス界の「大巨人」です。

 

ちょっと読みたくなってきました?

以上 ふにやんま