ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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認知心理学はこれ一冊でいいのでは? 『ファスト&スロー』(上)

  『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?』(上)

 ダニエル・カーネマン(2012)

ファスト&スロー (上)

ファスト&スロー (上)

 

上巻しか読み終わっていない段階で言うのもなんですが、これは面白い。

どのくらい面白いかと言うと、全文引用したい誘惑に駆られるほどです。それじゃお縄か。

認知心理学社会心理学行動経済学と言われるようなジャンルはかなり好きなほうで、ダン・アリエリーとかシーナ・アイエンガーとか、著名な翻訳本は大概読んできたつもりですが、本書はその中でもダントツの面白さ。

著者は2002年のノーベル経済学賞受賞者、と聞くと難解で数式に溢れた本だと思い込みがちですが、平易にして中身が濃い。

これは!というところにマーカー(Kindleですが)を引いていったら、歴史の苦手な子(私です)の教科書のようになってしまいました。どこもかしこもマーカーだらけで、大事なところが全然分からない。そのぐらい面白いです。

 

システム1とシステム2

速い思考=システム1

遅い思考=システム2

タイトル『ファスト&スロー』はここからきています。

システム1が自動的に行うこと。

並び順:単純なものから複雑なものへ

・二つの物体のどちらが遠くにあるかを見て取る。

・突然聞こえた音の方角を感知する。

・声を聞いて敵意を感じとる。

・2+2の答を言う。

・大きな看板に書かれた言葉を読む。

・空いた道路で車を運転する。

・簡単な文章を理解する。

システム2が意識的に行うこと。

・レースでスタートの合図に備える。

・人が大勢いるうるさい部屋の中で、特定の人物の声に耳を澄ます。

・意外な音を聞いて、何の音か記憶をたどる。

・ある社交的な場で自分のふるまいが適切かどうか、自分で自分を監視する。

・二種類の洗濯機を総合的に比較する。

・納税申告書を記入する。

・複雑な論旨の妥当性を確認する。

大まかにイメージを掴んで頂けましたでしょうか。 

1+1は?2!と即答するのがシステム1で、17×24は? と聞かれてうーんと、と考え始めるのがシステム2。

 

この、認知に関わる二つのシステムそれぞれの能力と欠陥と役割の相違が、我々の意思決定に如何に影響を及ぼすかというのが上巻のメインテーマです。

 

なんだ、やっぱり固い話じゃんと思われるかも知れませんが、以下は前提となる大事な部分なのでご容赦下さい。

システム1の能力には、動物に共通する先天的なスキルが含まれている。すなわち人間は、周囲の世界を感じ、ものを認識し、注意を向け、損害を避け、蜘蛛を怖がるように生まれついている。一方、先天的でない知的活動は、長年の訓練を通じて高速かつ自動的にこなせるようになる。

筆者は一見高度で複雑に見えるものの、システム1が制御するものとして

・複雑な局面を目にしたチェスの名人がうまい差し手を思いつく

・腕利きの駐車係が狭いスペースに車を停める

といった例を挙げています。なるほど。確かに高速且つ自動的な感じがします。

 

システム1は何の努力もせずに印象や感覚を生み出し、この印象や感覚が、システム2の形成する明確な意見や計画的な選択の重要な材料となる。

システム1とシステム2は、私たちが目覚めているときはつねにオンになっている。システム1は自動的に働き、システム2は、通常は努力を低レベルに抑えた快適モードで作動している。

システム1が困難に遭遇すると、システム2が応援に駆り出され、問題解決に役立つ緻密で的確な処理を行う。システム2が動員されるのは、システム1では答を出せないような問題が発生したときである。 

ほとんどの場合に仕事の配分がうまくいくのは、システム1がだいたいにおいてうまくやっているからだ。慣れ親しんだ状況についてシステム1が作り上げたモデルは正確で、目先の予測もおおむね正しい。

要するに、即断即決で物事をバシバシさばいていのがシステム1で、熟慮が必要なときはシステム2が動き出すという事だろう? 結構な分業じゃないか。

ところがどっこいで、システム1にはバイアスがかかりやすい という欠陥があります。

バイアスとは、ある特定の状況で決まって起こる系統的エラーのことである。(中略)

システム1は本来のシステムを易しい問題に置き換えて答えようとするきらいがあるうえ、論理や統計はほとんどわかっていない。システム1のもう一つの欠陥は、スイッチオフできないことである。たとえば自分の国の言葉が画面上に現れたら、注意が完全にほかのことに向いているときは別として、ついつい読まずにはいられない。

上巻3部構成のうち、第1部がこの2つのシステムの衝突に、第2部が様々なバイアスの詳細に、第3部が我々の意思決定が如何に当てにならない自信過剰なものであるか、に充てられています。

 

面白そうに思えないかたへ

本書は各章、へー、そうなんだ!という驚きに満ちています。具体例。

 

第1部 第5章『認知容易性』ー慣れ親しんだものが好き

『説得力のある文章を書くには』

原則としては、認知負担をできるだけ減らすことである。 

なるべく視認性の高い=読みやすくクッキリした大きな文字を使うこと。

書いたものを印刷すること。

自分を信頼できる知的な人物だと考えてもらいたいなら、簡単な言葉で間に合うときに難解な言葉を使ってはいけない。(中略)この論文でオッペンハイマーは、ありふれた考えをもったいぶった言葉で表現すると、知性が乏しく信憑性が低いとみなされることを示した。

文章をシンプルにしたうえで、覚えやすくするとなおよい。できるなら、韻文にすることがお勧めだ。そのほうが真実と受け取られやすい。

 

ある有名な実験では、参加者に、あまり見慣れない次のような格言を十数項目読ませた。

大難は敵味方を一つにする。

小さな一撃も積もれば大木を倒す。

告白した過ちは半ば正されている。

 

残り半数には、同じ内容をふつうの文章にしたものを読ませた。

大きな災難がふりかかると、それまで争っていた敵味方も力を合わせるようになる。

小さな一撃でも、何度も加えるうちには、どんな大きな木も倒すことができる。

過ちを自ら認めたときには、その過ちの半分は正されたと言ってよい。

 

すると、格言風に仕立てた文章のほうが、ふつうの文章より洞察に富むと判断された。

「誰かの文章や参考資料を引用するなら、発音しやすい人が書いたものを選びなさい」(中略)システム2が怠け者で、知的努力をいやがることを思い出してほしい。あなたの文章を読む人は、努力を要するものはできるだけ避けたいと考えているのだー引用されたややこしい名前を含めて。

なるほどねー、と思わせます。 

ブログを書かれるかたには興味深い内容では?

エセ心理学的なハウツー本と違って、前後をキチンと学術的な論証で固めてある事は保証します。

 

かたや、統計学的な興味をそそる事例も。

第2部 第17章『平均への回帰』ー褒めても叱っても結果は同じ

イスラエル空軍の訓練教官に、訓練効果を高めるための心理学を指導していたときのものである。私は教官たちを前にして、スキル強化訓練における重要な原則として、失敗を叱るより能力向上を褒めるほうが効果的だと力説した。

ベテラン教官の一人が手を挙げ、自説を開陳した。(中略)

訓練生が曲芸飛行をうまくこなしたときなどには、私は大いに褒めてやる。ところが次に同じ曲芸飛行をさせると、だいたいは前ほどうまくできない。一方、まずい操縦をした訓練生は、マイクを通じてどなりつけてやる。するとだいたいは、次のときにうまくできるものだ。だから、褒めるのはよくて叱るのはだめだ、とどうか言わないでほしい。実際には反対なのだから。 

この教官は正しい ー がまた、完全にまちがってもいた。

え?なんでなんで?

私なんか統計学はド素人なので、ドキドキしました。

彼の観察は鋭く、事実に即している。教官が訓練生の操縦を褒めたときには次回にへたくそになり、叱ったときは次回にうまくなる。そこまでは正しい。だが、褒めるとへたになり、叱るとうまくなるという推論は、完全に的外れだ。教官が観察したのは「平均への回帰(regression to the mean)」として知られる現象で、この場合には訓練生の出来がランダムに変動しただけなのである。

言わずもがなだとは思いますが、この段階でも何を言っているのかさっぱリ分からない私。 平均への回帰? なにそれ美味しいの?

教官が訓練生を褒めるのは、当然ながら、訓練生が平均をかなり上回る腕前を見せたときだけである。だが訓練生は、たぶんそのときたまたまうまく操縦できただけだから、教官に褒められようがどうしようが、次にはそうはうまくいかない可能性が高い。同様に、教官が訓練生をどなりつけるのは、平均を大幅に下回るほど不出来だったときだけである。したがって教官が何をしなくても、次は多かれ少なかれましになる可能性が高い。つまりベテラン教官は、ランダム事象につきものの変動に因果関係を当てはめたわけである。 

おー!なるほど!

このあと、筆者は教官全員に背中越しのコイン投げゲームをやってもらい、的からの距離を測って納得させます。結果を見ずにコインを2回続けて投げると、

一投目の成績がよかった人の大半が(全員ではない)二投目には悪くなり、一投目にお粗末だった人の大半が 二投目にはよくなっていることがわかった。

不出来だったあとはよくなるし、上出来だったあとはまずくなるのであって、これは誉め言葉や叱責とは関係がないのだ、と。

筆者は続けてプロゴルフ・トーナメントの初日と二日目のスコア、スキーのジャンプ競技の2回の得点等の検証によって、平均回帰パターンの存在を明らかにしていきます。

ここで思い出してほしいのは、一回目と二回目のちがいには必ずしも因果関係は成り立たないことである。

因果関係を好む私たちにとってはあまりおもしろくないストーリーだが、二回の試技について言えるのは、それがすべてである。

 

さらに数学史、統計学史的な補足で唸らされます。

回帰というのは気づかれないにせよ、まちがって説明されるにせよ、人間の思考にとってはふしぎな現象である。そのせいか、回帰が初めて認識されたのは、重力理論や微分計算が出現してから二〇〇年もあとのことだった。

統計学者のデービッド・フリードマンに言わせれば、刑事訴訟であれ民事であれ、裁判で回帰が問題になったときは、そいつを陪審員に説明しなければならない側が必ず負けるという。

私たちの頭は因果関係を見つけたがる強いバイアスがかかっており、「ただの統計」はうまく扱えないからである。(中略)

統計学を専門的に学んでいない人は言うまでもなく、ある程度学んだ人の相当数にとってさえ、相関と回帰の関係はどうにもわかりにくい。システム2がこれを理解困難と感じるのは、のべつ因果関係で解釈したがるシステム1の習性のせいである。

 

こういったアカデミックな内容に加え、良く知られた『錯覚の科学』(クロストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ共著)におけるゴリラとバスケットボールの実験、代表的な錯視の図表の数々など、認知科学認知心理学にまつわる現在の所見が網羅されたハイレベルな一冊だと言えるでしょう。

まだ下巻を残した段階で、早くも言ってしまいます。

認知心理学はこれ一冊でいいのでは?

 

以上 ふにやんま