ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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『象は忘れない』 柳 広司 THE ELAPHANT NEVER FORGETS

『象は忘れない』 柳 広司(2016) 

象は忘れない

象は忘れない

 

アガサ・クリスティー「象は忘れない」へのオマージュとかではありません。 多分。読んだ事ないので自信ないですが。

チェルノブイリ原発の地下には高温で溶けた核燃料が冷えて固まった”象の足”と呼ばれる物体が存在しています。”象の足”はいまも高い放射能を出し続けていて、それを見た者は死に至ると言われています。

英語のことわざ「象はとても賢くて一度見た物を決して忘れることはない」と、この”象の足”をかけたタイトルだと思われます。

本書は福島第一原発が制御不能となったあの日を境とした、被災者の生活の変化を描いたフィクション5編からなる短編集。

時代設定が現代というのが、柳広司氏にしては珍しいという点にも興味を惹かれて読んでました。

 

道成寺

「たとえジェット機がおちてきても壊れません。原発の建物はそのくらい頑丈にできているのです」

純平は子供の頃からそんなふうに聞かされて育った。

原発地元のO町出身。

原子力発電所は最先端の科学技術によって二重三重に安全が守られています。原子力発電所の建物は何があっても壊れません。原子力発電所は、みんなの暮らしを日々守っているのです」(中略)

こんな立派な大人が嘘を言うはずがない。そう思った。

O町の小奇麗な新築の町役場も、巨大な体育館も、立派なナイター設備付きの野球場も、ときどき町民カラオケ大会が開かれる洒落た”ふれあいセンター”も、みんなみんな電力会社が町のために建ててくれたものだという。

電力会社、すげー。

昔は半農半漁で生計を立てていたという祖父母は、純平が物心ついたときには漁も畑仕事もやめ、原発関連企業から毎月振り込まれるお金で暮らしていた。(中略)

何人もいる純平の叔父さんたちは、たいてい地元の原発関連企業で働いていた。小学校中学校でも、クラスで原発関連企業で働く親や親戚がいない奴を探す方が難しかった。

世の中は不況で、東京でも同年代の連中はなかなか就職できずに苦しんでいた。仕事があっても、不安定な派遣社員だ。

だがO町に帰ってくれば、そんな話はどこ吹く風だった。

頼めば、電力会社が間に入って就職を斡旋してくれる。

母親と一緒に菓子折りをもって頼みにいくと、相談に乗ってくれた見ず知らずの電力会社の人は、しきりに恐縮する純平の母親にニコリと笑って言った。

「地元の方たちは家族同然です。困ったときは、お互い様ですから」

その人の口利きのお陰で、純平の就職先はすぐに決まった。

原発関連企業。下請けの下請けだが、ちゃんとした正社員だ。

電力会社、すげー。 

冒頭から長々とした引用になりましたが、作者はあの日以前の地元住民と原発の関係を執拗に描き出します。

立派な公共インフラ、地域の雇用促進、自治体を通じた手厚い生活支援。よく言えば蜜月、悪く言えばズブズブの原発と地域との関係。

生まれた時からそんな環境の中で育った純平は、周囲の大人たち同様、原発についての不安をたとえ酒の席でも口にすることはありません。

遠方から引っ越してきた恋人が原発の安全性について疑問をぶつけてくると、やっぱりよその人間だったんだなと疎ましく感じ、議論の末に平手打ちで叩き出してしまいます。

放射能は累積しない。三日で半分、次の三日でその半分、二週間もしたらほぼゼロだ!

ちょっとぐらいの放射線は健康に良いんだって!

 

ジェット機が落ちても壊れない」 そう力説する純平を笑えません。私も住まいは玄海原発から60km圏内。有事の際には、福岡市民150万人が避難勧告の対象になってもおかしくはないなどと、あの日までは考えた事もありませんでした。100%安全とは言えないまでも、廃棄物の問題を別にすれば、原発の存在は決して不安要素ではないと思ってました。

 

その純平が下請け会社の作業員として、あの日以降制御不能になった福島第一原発 三号機ベント弁の手動解放要員の一人に指名されます。

一号機の水素爆発を受け、人類が知る物質の中で最も毒性が高いと言われるプルトニウムの格納容器爆発を防ぐために・・・。

 

『黒塚』では避難先の放射線量の予測が付いていながら、住民にそれを意図的に知らせなかった国や自治体、電力会社の横暴を。

卒塔婆小町』では幼子を抱えた福島県の漁師夫婦の仲が、あの日以降少しずつ壊れていく様を。

『善知鳥』では”トモダチ作戦”に参加した米軍兵士を通じて、ありえそうな大国の計算高さ、したたかさを。

 

そして最後の『俊寛』では、避難先の仮設住宅で幼馴染3人の間に生まれる、修復されることのないであろう軋みを。 

様子を見に一時帰宅する度に、朽ち果てていくのが分かる自宅。

最初は暖かく接してくれた地元住民とも、やがて生じてくる軋轢。

極めつけは、避難指示解除の解除の時期や賠償金、原発立地自治体の出身か否かといった同じ仮設住宅に住む被災者同士の差異による諍い。

 

柳広司氏の作風を知るかたなら想像が付くでしょうが、元々氏の文章はドライです。人の愛憎、悲嘆といったウエットな部分を粘着質に書き込むタイプではありません。

本書も徹底した調査と出典に基づくであろうリアルな描写で、ノンフィクション?と見紛うような仕上がりになっています(巻末の引用資料、参考文献だけでも本書に投じられた労力を垣間見ることが出来ます)

中学生の次男も言っていましたが、文章そのものは極めて読みやすい。読了までの時間も長くはかからないはず。

だからこそズシッときます。

 

やるせない怒りや悲しみも、人が壊れていく様子も、淡々と書かれたほうが身につまされるもの。

その点では5編の中で卒塔婆小町』が印象に残りました。主人公の奥さんは勿論なのですが、第三者視点で語られる旦那さんの未来がとても気になる。。。

 

全体の印象ですが、柳広司氏の著作の中では『怪談』とちょっと似ているかな、という感じです。 

怪談 (講談社文庫)

怪談 (講談社文庫)

 

 

熊本・大分の震災の余震が続く最中だけに、本年2月刊行の本書の意味合いも、発刊時とはまた違って捉えられることでしょう。なかなかの佳作です。

”象は忘れない”  では、人間は?

 

注)本書5編はいずれも能からタイトルを取られているそうですが、その方面は全く疎いので内容との関係は解説できません。申し訳ありません。

 

以上 ふにやんま