ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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『1984年のUWF』 柳澤 健が熱い! ⑩無限大記念日

『Number』5/19号(901号)から。

『1984年のUWF柳澤健 連載第10回のタイトルは「無限大記念日」 

【今回のポイント】

新日本プロレスに流れる“ガチ”のDNA

②第一次UWFレスリングスタイルの葛藤と共にスタートした 

 

ミュージシャンが楽器の練習をするように、ダンサーが踊りの練習をするように、落語家が落語の稽古をするように、プロレスラーはプロレスの練習をする必要がある。

ところが、驚くべきことに、新日本プロレスのレスラーたちは“プロレスの練習”をほとんどしないのだ。

新日本プロレスにおける“練習”とは、フィジカルトレーニングとサブミッション(関節技)・レスリングのスパーリングを意味する。

ラリアットを受ける練習も、ロープワークの練習も、ドロップキックの練習もやらない。

非常に興味深い一節。

プロレスファンでないと理解しにくい内容だと思います。

「King of Sports」「過激なプロレス」を標榜する新日本プロレスでは、練習の目的はガチンコで強いレスラーを育てる事であって、道場は決して舞台稽古の場ではない、と。

ガチに強い人間だけが、プロとして客に見せるショーをリングで演じる権利を得る。

プロレスリングの業界では、この発想は世界中どこを探しても新日本プロレスにしか無かったはず。

新日本プロレスには、“華麗な技の応酬を練習して、完璧なるエンターテインメントを観客に提供しよう”という発想がまったくないのである。すべてはアドリブなのだ。

「若いレスラーにはガチ(シュート=リアイルファイト)を道場でもやらせる。リング上でもやらせる。そうすることで、レスラーはプロレス魂を植えつけられる。

そこからガチのない場所に移っても、その精神が生きる。それを体験した選手は、人前でも演技というか、いいプロレスができるようになるんです。(中略)

試合中にガチの要素がないと、猪木さんが目を光らせていて『何をやっているんだ!』と怒る。通常のプロレスの中に、部分的にガチが注入されている。そういうプレッシャーが、常にかけられている。(後略)」(『週刊プロレス』元編集長の山本隆司

前回あたりから薄々気づいていましたが、本連載、ターザン山本氏に取材協力を仰いでいるようですね。それでターザンの描写がやたらとカッコいいのか、と納得。単行本化された際には、巻末に「協力:ターザン山本」と入っているはず。

地方会場で若手がショッパい(気の抜けた、緊張感のない、という意味のプロレス用語)試合をしようものなら、竹刀を持った猪木がリングに走ってきて試合中だが何だろうが思いっきりぶん殴る。鬼より怖い猪木社長に怒られた二人は、その後必死で試合を続けるも、 委縮してしまって気合が空回り。さらにつまらない展開になってしまい、試合終了後にまた猪木が走ってきて再度竹刀の雨嵐・・・といった目撃談がたまに「週刊プロレス」などに寄せられていた記憶があります。

観客も訳が分からないなりに、それをよしとする雰囲気があったんですね。

新日本プロレスだから。猪木だから。

地方会場でも、若手でも手を抜いた試合は許さないんだ。

むしろ称賛のトーンと言うべきでしょう。

 

「猪木さんの“燃える闘魂”は嘘じゃない。一番練習していたのは猪木さんです」と仲野信市は言う。

「猪木さんが道場にくれば空気が一変する。一瞬の気の緩みも許さない。

巡業に出ると『おい、明日の朝6時から走るぞ』と若手や新人を連れて走る。もし雨が降っていれば、風呂場で1000回のスクワットです。(中略)

あるとき、新日本プロレスの人気が出て、3週間休みなしの巡業が続いたことがあった。後半に入ったある日、みんな疲れていて、合同練習に出てこないことがあった。猪木さんがひとりでスクワットを始めたんですけど、そのうち凄い声で『集まれ!』と言った。リングのまわりに全員を並ばせて『お前ら、練習もできねえヤツが試合をできるか!やる気がねえなら帰れ!』って腕立て伏せに使う肩幅ぐらいの板で藤波辰巳さん以下全員を殴った。

藤波さんも頭から血を流しながら『申し訳ありません』と謝っていました。誰よりも練習するからこそ、みんなは猪木さんのことを尊敬していたんです。

猪木イズム全開ですね。まだまだ猪木も若く、誇り高きプロレスラーであった頃のいいエピソードです。

そういえば猪木は、多分この頃だと思いますが、巡業中に風邪を引いて高熱が出たら、真冬でも水風呂に入って治すと言っていました。実際に写真も見たので間違いないかと。たしか水風呂とスクワットの繰り返しで治すと言っていたはず。

プロレスラーというのは凄いもんだ、さすが猪木だ、と強烈に感心したのを覚えています。鬼気迫るものがありますよね。私が見たのは雪国の水風呂でしたよ。普通の人間なら肺炎併発して死ぬって。

 

第一次UWFが出来た当時は、まだこの「新日ブランド」が健在であった頃。

新日本プロレスは地上最強の格闘技たるプロレスリングを追求する集団である。 

というクレドが生きていた時代、ストロングスタイルを標榜する新日本プロレスとは違ったカラーを打ち出さなければ、弱小UWFに生き残る目は無かった訳です。

 

『無限大記念日』初日のメインイベントは、藤原喜明前田日明対ザ・タイガー&高田延彦だった。

「試合前日には道場でリハーサルを行った」と、前田日明は証言している。

藤原、佐山という個性もレスリングスタイルも全く違う二人が加わって、どうしたら観客をヒートさせる新たなスタイルを実現することが出来るか。

プロレスリングの世界ではまず使われない言葉、“リハーサル” が必要だったのは当然でしょう。

 

そしてこのリハーサル、全くうまくいかないんですね。

頭を抱えた4人が出した結論はいかなるものだったか。

【今回のポイント】その② はお楽しみに取っておきますが、さわりだけ。

この日、観客の心に最も強く刻みつけられたのは、一見何でもないシーンだった。

「前田が佐山をロープに振った。振られた佐山は、当然そこで戻ってくるはずだった。

ところが佐山はロープに腕をからませて、リバウンドしてこなかった。

その瞬間、後楽園ホールに『おおっ!』というどよめきが起こった。佐山はこんなことをリングの上でやってしまうんだ、プロレスの約束事に束縛されるつもりなんかないんだと驚いたんです。

UWFのプロレスが既成のプロレスとは違うことを、ほんのわずかな動きひとつで、観客に理解させてしまう。

やっぱり佐山は天才なんだな、と思いました」(作家の亀和田武

目の肥えた後楽園ホールのファンならではの反応ですね。

わずかな動きも見逃すまいと、必死で試合を追う姿が目に浮かぶようです。

天才佐山の参加とファイトへの味付けが、第一次UWFにどういった影響を及ぼすのか。

ますます面白くなってきましたね、これは。

 

以上 ふにやんま