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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

『ぼくらの民主主義なんだぜ』高橋源一郎

「ぼくらの民主主義なんだぜ』

高橋源一郎(2015)

 

ぼくらの民主主義なんだぜ (朝日新書)

ぼくらの民主主義なんだぜ (朝日新書)

 

 

高橋氏による朝日新聞「論壇時評」48回分がまとめられたものです。

2011年4月から2015年3月までの月イチ連載ですので、丸4年ということになりますね。
10万部以上を売り上げたベストセラー。今さら感が強くて申し訳ありません。とほほ。
 
日本にも世界にも大きな変化があった時期だけに、テーマも東北大震災に始まり、イスラム国のような比較的最近の事象にまで言及されています。
 
あとがきには、朝日から連載依頼を受けて、
ぼくは、最初に、断るべき理由を考えた。
とありますが、結果として高橋氏の並々ならぬ意気込みが伝わる、見事なマッチメークになりました。
このタイミングで高橋氏をチョイスした、朝日新聞の慧眼と言って良いでしょう。
 
ちなみに新書で6ページの本書のあとがき、短文ながら高橋氏独自の文学論、民主主義論になっていて、これだけでも十分に読む価値があります。
 
【トピック】
①タイトルが上手く、しかも美しい
②引用ソースが豊富で選択が妥当
 
高橋氏の書くものには、いずれも共通して言えることなのですが、まずは①について。
ことばもまた「復興」されなければならない
選ぶのはキミだ  決めるのはキミだ 考えるのはキミだ
記憶の主人になるために
印象的なタイトルを抜粋してみても、コラムの内容との距離感、ことばの鋭さに唸らされます。
高橋源一郎、さすがの手練れ。
 
連載の趣旨上、高橋氏の配球はストレートが主体です。
諧謔やアイロニカルな捻りは抑え目。
 
それでも一般的な基準では平易とは言えず、読みごたえのある文章が続きます。覚悟の程を。
 
〈個人的な意見〉「愛国」の「作法」について (P. 214)

9・11発生直後のこと。

ベルリン滞在中のアメリカ人作家スーザン・ソンタグは、その2日後、このことについて意見を書き、テロから6日後に発売された雑誌に掲載された。ソンタグはこう書いている。
まず、共に悲しもう。だが、みんなで一緒に愚か者になる必要はない。テロの実行者たちを「臆病者」と批判するが、そのことばは彼らにはではなく、報復のおそれのない距離・高度から殺戮を行なってきた者(我らの軍隊)の方がふさわしい。欺瞞や妄言はなにも解決しない。現実を隠蔽する物言いは、成熟した民主国家の名を汚すものだ、と。
この発言は「団結」を乱すものとして、全米で憤激を巻き起こした。ソンタグは「アメリカの敵」を擁護する「売国奴」と見なされ、殺害予告をされるまでに至った。それでも、ソンタグはすぐにニューヨークに戻り、発言を続けた。
彼女は、どうしてそんな発言をしたのだろうか。おれは、ずっと考えてきた。もしかしたら、彼女は、殺されても仕方ないと思っていたのかもしれない(彼女は、長期にわたる癌闘病生活を送っていて、2004年に亡くなる)。愛する祖国が、憎悪にかられて、暴走するのを止めるために、「正気」に戻るよう促すためには、それしか方法がなかったのかもしれない。
おれは、ソンタグのような人間こそが、最高の愛国者ではないかと思う。
このエントリではこれ以上の引用を避けますが、続くソンタグ氏の発言も、胸に迫るものがあります。
 
声高に「愛国」を謳う前に、
国を「愛すること」の定義は何か? 
 
高橋氏のパラダイムシフトが冴えるこの回は、本書の中でも屈指の出来として挙げたいです。
 
こういったリアルのソースに加え、フィクションからの引用も交えて傍証を固めていく高橋氏のスタイル、即ち②は、あらためて紹介の必要はないでしょう。
 
新書にして毎回5ページの内、ほぼ1ページが引用元の脚注に割かれています。
文芸誌の記事や対談等、今となっては追いにくい出典もありますが、単行本だけでも良質なものが揃っており、リストとしての価値があります。
 
本来は日刊の紙面と同時進行で読み続けるのがベストなはずですが、経年劣化をものともしない完成度。
 
手元に置いて、繰り返し読むべき本だと言い切っておきましょう。
 
注)「毎回毎回の繋がりがなくて分かりにくい」というレビューが多いですが、それは読み方が間違ってますね。
うわ、生意気オレ。
 
以上  ふにやんま