ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』森達也

『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』科学に「いのち」の根源を問う

森達也〔2015〕

人はどこから来てどこへ行くのか。そして何ものなのか。

ゴーギャンキリスト教理かといった大命題。

大昔から人を惹きつけてやまないこのテーマに、自然科学者10人との対談を通じて挑んだ、森氏 異色の最新刊。

森氏の自然科学への関心と知識の深さ、解釈と理解のレベルには驚かされます。
こんな事まで勉強していたのね。

自分は何ものなのか。自分はどこから来たのか。そして死後はどうなるのか。この宇宙はなぜ始まったのか。始まる前はどんな状態だったのか。そしてやがてどのように終焉するのか。そのときに自分という主体はどこにいるのか。あるいはどこにもいないのか、いるとしたら何をしているのか。意識はあるのか。そもそも意識とは何なのか。なぜ自分は今ここにいるのか。自分が死んだあとも世界は存続するのか。自分が生まれる前も存在していたのか。世界は一つしかないのか。

最新科学によるアプローチは、根源的命題にどこまで有効なのか?

分からないことは次から次へと繋がり、押し寄せ、最後には人間をあざ笑うかのようにスルリと身をかわしてしまうもの。

人智の及ぶ境界線を知りたくないですか?

私は知りたい。強烈に知りたい。

 

長谷川寿一氏(進化生態学者)

人間の脳は体重のわずかニパーセントですが、一日に消費するカロリー量は二〇パーセントです。つまり神経系はとてもコストがかかる。燃費が悪い器官です。だから食生活に余裕がある動物じゃなければ、神経系は進化しない。(中略)

ならば人間はどうして、脳を進化させるだけの資源の余裕が生まれたのか。これについて僕たちは、やっぱり共同繁殖社会だからだろうと考えているわけです。

共同体社会の中でギャザリング-ー採集活動と狩猟活動で得られた食物資源を共同体のみんなで平等分配することを選択したわけですよね。そうすると人間の子供は自分ではなにも寄与していないのに、非常に栄養価の高いものを摂取可能になるわけです。これはチンパンジーではありえない。

脳が進化した理由には腸もあります。ヒト属では調理して消化の良い食事になった。すると腸の長さが一気に縮むんです。腸は脳と同じようにものすごくエネルギーを必要とする器官だけど、その分だけ脳に振り替えることができた。やはり人間の脳の進化は、共同体社会の中で育まれたというのが最近の考え方ですね。

面白い!

因果関係が明解な、こういった説明にはスカッとします。

 

でも、こと話が生命の起源進化論に及ぶと、あっという間に現代科学の限界に突き当たる訳です。

キリンの首は本当にゆっくり伸びたのか

なぜ生命が発生したかは誰も説明できない

科学の最先端はわからないことだらけ

などなど.....

 

ダーウィニズム的な適者生存、突然変異の限界を基に、理論の欠陥克服に向けて生物進化の研究は進んでいるものの、視覚体系のような精緻なシステムや、心臓の弁膜構造のような合理的臓器の誕生は到底説明しきれるものではない。

科学によるアプローチを突き詰めていくと、大いなる意志の存在を前提にしたインテリジェント・デザインを受け入れたほうがはるかに整合性が取りやすいのではないか?

敢えて宗教的な方向で迫る森氏に対し、福岡伸一氏(生物学者)は、ある程度森氏の意見に同調した上でこう答えます。

結局のところ科学は、最初のWhy、「なぜそれが存在したのか」にどうしても答えるこれができないので、How(いかに)のほうを一生懸命考えることによって、ある意味ごまかしているわけです。大いなるWhyに答えようとすると、物語としての言葉は大雑把になって、「神さまがつくりました」とか「宇宙の意志がつくりました」とか、いろいろなことになります。だからこそできるだけそういった言葉を禁欲して、Howを解像度の高い言葉で説明しないかぎりは、Whyに到達できないと思うのです。あえてやせ我慢をして、神さまとかGreatなものを考えずにWhyを説明していこうということでしか、進めないんじやないかな

非常に科学者らしい、本書で一番印象に残った発言です。

 

池谷裕二氏(脳科学者)

私たちはなぜ、理由を探し求めなければいけないのか。探し求めるモチベーションが脳に植え付けられている。理由を知りたくなるという欲求は、きっと進化的に有利だったのでしょうね。例えば足が痛い時に「足が痛い。以上!」だけでは終われない。痛い理由を探し当てて対処することが、生存するためには必要だったわけです。

 上と繋がりはないですが森氏。

代表的な食虫植物であるハエトリソウのメカニズムを思い出した。縁に多くの刺を生やした二枚の葉を閉じることで、ハエトリソウは虫を捕獲する。葉の内側には三本か四本の短い感覚毛が生えていて、獲物が立て続けに二回、または二本以上の感覚毛に同時に触れると、瞬間的に葉を閉じる。でも最初に触れてから約二十秒以上の間隔が空くと、もう一度触れても葉は閉じない。

一度で閉じない理由は、雨水などの刺激に反応しないためと推測されている。とてもメカニカルで合理的だ。でも実のところ、ハエトリソウがどのように時間や回数を記憶し、またリセットしているのか、そのメカニズムはまったく解明されていない。

ワクワクしますね〜。

子供の頃の感覚が甦るというか。

世界も生き物も分からない事だらけで、どちらも凄い驚きに満ちている。

 

第4章  生きているとはどういうことか/団まりな(生物学者)なんて、唸りっぱなし必至の内容。

子供達にも是非読ませたい一冊でした。

 

以上   ふにやんま