ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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『イケダハヤトはなぜ嫌われるのか?』

『イケダハヤトはなぜ嫌われるのか?』

イケダハヤト(2014)

イケダハヤトはなぜ嫌われるのか? エレファントブックス新書

イケダハヤトはなぜ嫌われるのか? エレファントブックス新書

 

こういうタイトルの本を出すから。

以上。

それはあんまりか。

 

今回はどちらかというと擁護派です。

あらま。自分でもびっくり。

ひとつありそうなのは、ぼくが「年長者だから」という理由で人を尊敬しないことにあるのでしょう。

これは真理だと思いますが、世の中には「年を取っているけれど、ろくでもない人間」もいれば「若いのに、すばらしい人格の人間」もいます。本質的に年齢というものは人格のすばらしさとは関係がないものです。

ゆえに、ぼくは年長者だろうが年下だろうが、誰に対してもフラットに応対します。年長者だろうが、ろくでもない人間だと感じる人間については、それ相応の対応をします。口に出すことはありませんが「最悪だなぁ」と思う人とは容赦なく距離を置きます。

私も後輩に対し 「先輩に対してそれは失礼だろう!」といった言い方はしたくないなと常々思っています。

失礼かどうかは年齢で決まるものじゃないでしょう。

仕事であれば尚更で、中身と実力で勝負したいし、するべきです。

 

年長者には敬意を払った方がいい。簡単なことだし、物事が円滑に回るから。

そんなことは百も承知しているのですが、それに自分が甘えたくないし、年齢を笠に居丈高にものを言う奴も許せない。

これについてはイケダハヤト氏に賛同。

 

なお、誤解のないように補足しておきますと、身体が思うように動かないお年寄りには無条件に協力すべきだと思いますが、年長者を尊敬するというのはそういうことではありませんよね。

 

あなたがもし「年齢や性別で人を判断するのはおかしい。年功序列なんてものは人を堕落させるナンセンスな価値観だ」「人が生きていく上では、お金はそれほど大切ではない。お金に縛られて生きるのは、結局不幸になる」と考えているなら、イケダハヤトの創作物と親和性が高いはずです。逆に言うと、あなたがそういう考えを持っていないとしたら、イケダハヤトの創作物は「気に障る」ものとなるでしょう。

氏のこだわりどころらしく、同じような主張が3回は出てきます。

私と氏の創作物との親和性が格別高いとは思えませんが、前述の二点については確かにそう思います。

いや、今じゃ割と一般的な価値観じゃね?

といった反論もありそうですが。

 

次に氏の独壇場、炎上論。

僕は炎上というものは、基本的にすばらしいものだと思っています。

自分が素直に考えていることを吐き出して、それが大勢の他者から批判されるというのは、本質的にすばらしいことです。だって、あなたはほかの人と「違う」存在だということですから。自分が凡庸じゃないということは、喜ぶべきことです。賛同しかされないということは、何も新しいものを生み出していないんですよ。

ぼくが賛美したいのはそういう「過失」ではなく、意志と覚悟をもって自らの主張を繰り出し、行動し、その結果として、全方位から石を投げられる、という「炎上」です。もっと卑近な言い方をすれば、「空気を読むのをやめて、自分の意見を発信する」ことを、ぼくは奨励しています。

そもそもぼくたちは、空気を読みすぎです。いくら空気を読んだところで誰も幸せにならないどころか、自分が不幸になるしかないというのに、なぜか自分の意見を発信しません。それこそ自分の人生に対して無責任で、責任を果たそうとしていません。自分がいつ死んでもおかしくないという自覚がありません。自分を押し殺したまま死んでいって、それでいいのでしょうか。

いいのでしょうか?と問われれば、いくないです(どこの言葉?)と答えるしかないですね。

上についても総論賛成です。

いい事を言っているものの、論点のすり替えというか、自己正当化への巧妙な誘導をかすかに感じるのが難ですが。

それも含めて楽しむのが本書へのベストな対応かと。

唇が痺れるくらい、かすかに毒を含ませるのが河豚通の食べ方だったらしいですよ(昔話です。良い子のみんなは真似しないでね)

ぼくらは胸を張って、嫌なことは嫌だと言うべきなのです。それなくしては、どこまでも自分を偽ることになります。

たとえば、あなたが上司のことを尊敬できないのなら、正直に「私は、正直あなたのことを尊敬することができていません。それはこれこれこういう理由があるからです」と、伝えるべきです。

もちろん、伝えることには痛みが伴います。しかし、伝えなければ、あなたはさも上司を尊敬しているかのように、嫌ってはいないかのように自分を欺き続けなくてはなりません。そういう関係を続けていると、あなたはやがて暇さえあれば愚痴をこぼす、みっともない人間になってしまいます。

あるいは、自分の思いを正直に伝えることができないのなら、できるかぎり早急に、環境を変えるべきです。自分を偽らなくてもすむ職場を探すしかありません。それもまた容易な道ではありませんが、長い目で見れば、自分の人生を生きることができる道になるはずです。

ぼくは常々、自分を偽って他人と付き合い続ける人、自分を偽ってまでひとつの居場所に固執する人が多すぎると感じています。そういう人生は不幸であるばかりではなく、自他の人格を歪める可能性すらあるので、早急に改善すべきです。

総論としてはいい事を書いておきながら、途中に読者を仰け反らせるような部分を上手く混ぜるのはさすがです。

もはや名人芸と言っていい。

 

誰も自分を欺いて生きたくなんかない。

でも、どこの世界に上司に対して、

「あなたを尊敬出来ません」

と理路整然と説明するサラリーマンがいますか?

出来ないならば、環境を変えればいいってちゃんと書いてありますよね

そうイケダ氏には反論されそうですが、環境を変えて、尊敬出来ない上司が異動してくる度に渡り鳥化しろということでしょうか?

全体としては間違っていないけれど、ディテールが決定的におかしい。世間一般の価値観とズレてます。

ほかの人と違うことは素晴らしい、というのはこの文脈では通用しないでしょう。

 

これを読んだ若い読者が、狂信的に

イケハヤみたいに俺はなるっ!

とか言い出さないかどうか心配です。

 

周到なイケダハヤト氏のこと、そういった信者化する読者と、イケダ氏自身の発信者責任については 

第3章  イケダハヤトは無責任である。影響力があるのだから、責任ある発言をすべきだ

をはじめ、たっぷり紙幅を当てて解説してくださっています。

基本的にスマートなアタマの持ち主なので、論理の破綻は無いのですが、現実との乖離が大き過ぎます。

 

あまり擁護になってないような気もしますが、氏の電子書籍の中ではかなり一般向けでくだけた内容です。

読めばそれなりに面白い。保証します。

 

問題は私、イケダハヤト氏の著書は結構読んでいるものの、ブログを1回も見たことが無いんですよね。

これからも見ないと思います。

でも本は読みます。多分。

以上  ふにやんま