ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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『1984年のUWF』第13回 「シューティング」

『Number』6/30号  連載

『1984年のUWF』柳澤 健  第13回

「シューティング」

なかなか意味深なタイトルです。

10月5日後楽園ホールのメインイベント、木戸修藤原喜明VS前田日明&スーパー・タイガーの試合で観客たちの心に最も深く刻みつけられたのは、じつは藤原の涙ではなかった。

スーパー・タイガーのほんのわずかな動きだったのだ。

「そのとき、リングの中には木戸修と佐山(スーパー・タイガー)がいた。器用な木戸修は、助走をつけずにその場でドロップキックをすることができる。いつものように木戸がドロップキックをやったところ、佐山はスウェイバックしてスッとよけた。その瞬間、ものすごい大歓声が起こった。誰もが当然のように受けていたプロレス技が、じつはその気になれば簡単によけられることを、目に見える形で示してくれたからです」(作家の亀和田武

そういえば「無限大記念日」のときにも、前田にロープに振られた佐山は腕をロープに絡ませて、戻ってくることがなかった。

佐山聡はプロレスラーであるにもかかわらず、自分たちと同様に、プロレスへの根本的な懐疑を持っている。観客たちはそのことを知って感動したのだ。

《佐山  それは「ウチではそういうロープに飛んで戻ってくるようなのはないんだよ」ってことを見せるためのもので、画期的なものだったと思うんですけどね。(後略)

ここでのキーワードは後楽園ホール佐山聡

プロレスファンの聖地、後楽園ホールだからこそ佐山の実験的なファイトスタイルが受け入れられた。

何となくおかしいなとは感じつつ、敢えて考えないようにしてきたプロレスの謎に、目の前の試合で答えを出してくれている。

 

ドロップキックもロープワークも嘘なんだ !

その証拠に佐山は簡単に技をすかし、ロープワークを拒んでいるじやないか。

受け手の協力がないと決まらない技なんてリアルファイトじゃない。

UWFこそが新しい本物のプロレスだ!

 

私も心からそう思っていました。

プロレスファンで知られる作家の夢枕獏氏も中島らも氏も、当時UWFはリアルファイトだと信じて疑わなかったと書いておられました。

 

そのリアルファイト感のアピールに、佐山聡は大きな役割を果たした。

悪く言えばプロレスをやりながら、巧妙にシューターのフリをした。

技術的には全く問題なし。

加えて自らを格闘家として認識し始めていた佐山には、既存のプロレスの虚を筍のように剥いでみせることに、全く抵抗感はなかったと思います。

プロレスの価値観そのものに疑問を投げかけた、後年の『ケーフウエイ』の原点はここにあるのかもしれません。

 

どこの観客を相手に後楽園ホールはベストだったと思います)どのタイミングで、どのプロレス的なものを否定してみせるか。

佐山聡のセンスが存分に発揮されたのがこの時期だったのではないでしょうか。

 

私が佐山聡不世出の天才レスラーだと評価するのはここ。

強いレスラーはたくさんいる。

技が華麗なレスラーもゴロゴロいる。

でもリングの上から観客の潜在的欲求を読み取り、その要求の上を行ってみせることが出来るプロレスラーは稀(まれ)

全盛期のアントニオ猪木が、まさにそういった存在でした。

 

カードの意味を読み取り、作り上げていくマッチメイク感覚(対戦カード決定のほうの ''マッチメイク” とは無関係)、試合中の皮膚感覚がないと一流のプロレスラーにはなれない。

私がMMAファイターに冷ややかな理由はそこにあります。

何だ、観客無視でいいのかよ。

強いだけでいいなら楽勝じゃん!

 

話が逸れました。

当時のUWF後楽園ホールのような都市部では満員が続き、週プロをはじめとするマスコミはこぞって新しいプロレスを持ち上げました。

しかしそこはTV中継のない弱小団体の悲しさ。地方興行では苦しい営業成績が続きます。

 

【次回予想(予告ではない」】

団体経営の先が見えず、スタッフも選手も現状に懐疑的になる中、格闘色の強いファイトスタイルを一足飛びにUWFに持ち込もうとする佐山聡は、徐々に不協和音の中心になっていくのでした。

 

次からそんな展開です。多分。

まだ読んでないけど。

以上   ふにやんま