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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

哀悼 豊田泰光氏

西鉄ライオンズ 強打のショート、豊田泰光氏が8月14日にお亡くなりになりました。

現役時代の氏のプレーを見たことは無い世代ですが、野球コラムニスト豊田泰光をこよなく愛した者として、このようなエントリを書くことが残念でなりません。

心より哀悼の意を捧げたいと思います。

 

氏の連載豊田泰光のオレが許さん!』が楽しみで、ここ数年来週刊ベースボールを毎週欠かさず読んでいました。

長期連載でありながら、1度しか単行本になっていないのは氏の舌鋒の鋭さが敬遠された為だと勝手に解釈しておりますが、そもそも私は辛口評論家という、報道での氏への決まり文句に納得しておりません。

知性と洞察力、野球への深い愛情に満ちた氏の評論活動に対して、辛口などという浅薄な表現が如何に不釣合いなことか。

歯に絹着せぬ物言いで、何度も話題になりましたが(下のwikipediaの「野球評論家として」をご参照下さい)

豊田泰光 - Wikipedia

決して筋の通らない発言や文章ではありませんでした。そうでなければ1000回も連載が続く訳もなく。

『オレが許さん!』で一番印象深いのは、

心根の優しい新人から辞めていく
というプロの世界の厳しさに触れた回。

ダイエーホークス(当時)のキャンプを氏が訪問した際に、若手の城島選手から

オレのことを悪く書くなバカヤローっ!

と遠くから怒鳴られた、というエピソードを披露していました。

西鉄では高卒1年目からレギュラーで新人王を獲得。3年目には首位打者、チームの主力として先輩や首脳陣の無理には一歩も引かず。

若い頃には鼻っ柱の強さで鳴らした豊田氏ですら、さすがに城島の並外れた生意気さには面食らったと、どこか楽しげなトーンで書いておられました。往時の自分を見るような思いだったのでしょう(城島はチーム内でビンタの一発も食らったと思いますが)

城島選手のその後の活躍は皆さんの知るとおりです。

 

氏にはこんな本があります。

内容(「BOOK」データベースより)
20代のころ、オールスター20回出場を誇る、メジャーリーガーのスタン・ミュージアルから贈られた言葉―「若いときは身体が守る」「中年になったら技術が君を守る」そして「最後は頭が君を守る」。この至言を人生の指針として歩んだ野球評論家の豊田泰光が、名指導者の条件、人の心を開く方法、勘の重要性、野球界への提言など、自身の経験をふまえ熱く語る。

いたく感心したのは、20代で既にスター選手であった豊田氏が、上の言葉に感銘を受けて、生涯忘れることが無かったというそのインテリジェンスですね。

おそらく他の世界でも、きっちり成功したであろうと思わせる数少ない野球人の一人です。

茨城からやって来て、自分は最後まで博多の街に馴染むことが出来なかったと正直に書いておられたのも覚えています。

九州人でないというだけで、なぜ観客から罵倒されなければならないのか?

しかも味方であるべき西鉄ファンから、余所者呼ばわりされるのが本当に悲しかったとも。

新幹線も支店経済などという言葉も無く、本州以東に対して隔絶されていた頃の九州では、確かにそんな風土もあったのかなと。

西鉄の球団経営への関心の薄さ、選手への敬意の無さも再三嘆いておられましたが、硬骨漢 豊田泰光氏には腹に据えかねることが多かったのでしょう。

今となってはこれも貴重な記録です。

 

1001回にも及ぶ『オレが許さん!』の内容が埋もれてしまうのは残念ですが、私利私欲なく、野球界の未来を真剣に語ってくれる豊田氏のようなかたを喪ったことは更に残念でなりません。

晩年は痴呆症の治療にあたられていたそうですが、天国での流線形打線復活を願っております。

どうぞ安らかに。

以上  ふにやんま