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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

『1984年のUWF』第16回 「訣別」

 

残念なお知らせです。

熱い取材で読者(私です)の胸を激しく躍らせてきた本連載ですが、申し訳ないけれど今回はダメ。肩透かしにあいました。

第一次UWF解散という、最初にして最大の山場。盛り上がらない訳が無いと思うでしょう?

ブブーっ。はずれ。

既報の情報に対して、

新事実が無い。

新解釈が無い。

「そうだったのか!」と唸らせる箇所が一つも無い。

どうしたんだよ、柳澤さん。

ここで盛り上げなくて、いつ盛り上げるつもりなの?しくしく。

泣きたい。いや、泣いてます。

好きだったのに...

 

リアルファイトの総合格闘技路線を目指し、先鋭化する佐山。

社長逮捕に続き、スポンサーとテレビ東京の放送を失って急速に悪化する団体経営。

今後の方向性を巡り、揺れるフロントとレスラー達。

やがて佐山との亀裂は決定的なものとなり、UWFは空中分解していく。

だから知ってるって。

このぐらいなら何も見ないで書けるし。

昭和プロレスファンの膝を打たせる、最高の回にして欲しかったんだよ、俺は。(ターザン山本氏のテイストを少し入れてみました)

 

仕方が無いので、1985年6月に発表されたシューティングルール(俗称です。正式名称ではない)の再確認から。

●ダウンした回数とロープエスケープをロストポイントとしてカウントする。

●グラウンドの状態で当て身(打撃)を使用してはならない。

●相手の首から上には頭突き、パンチ、肘打ち、膝蹴りを行ってはならない。

UWF規定のキック専用シューズ以外を身につけてファイトするときは、キック攻撃を行ってはならない。

8章36条に及ぶルールは、もちろん佐山が考案したものだ。 

その背景となるいくつかの事実。

藤原以下のレスラーたちも、浦田社長以下の背広組もUWFのスポーツ化に同意してくれた。

佐山がUWFの独裁者だったわけではまったくない。

UWFの現場は、藤原喜明をリーダーに極めて民主的に運営されていた。優れたアイディアを持っていたのが佐山ひとりだった、というだけのことだ。

メインイベントで佐山聡のスーパー・タイガーに勝利した藤原は「俺はシューティングという言葉は好きじゃない。俺はプロフェッショナルのレスラーだ」と言い切った。

佐山からすれば、理不尽極まりない話だった。シューティング・ルールを提案したのは確かに自分だが、藤原以下のレスラーたちも会議で同意したことではないか。(中略)

UWFはしっかりとしたルールを持ったスポーツであると宣伝しておきながら、ルールを無視した試合を見せるのは、高いチケット代金を払って試合を見に来てくれたお客さんに失礼ではないのか。

シューティング・ルールに強く反発したのは、レスラーよりもむしろフロントだった、と佐山は回顧している。

佐山と浦田の去ったUWFはたちまち経営危機に陥り、フロントは散り散りになった。藤原、前田、高田らは、新日本プロレスに復帰した。

なんか、知ってることばかりでしょう?

新味が無さすぎ。

おそらく本連載は今後、前田に軸足を移して進んでいくことになると思います。

ただ、この回だけを以って第一次UWFの解散の真相とするのはあんまりです。

言えないこと、書けないことが山ほどあるのがプロレス界の常ではありますが、柳澤氏には、そこをブレークする「熱さ」を感じてきただけに今回は残念。

でもね。

これからも読みますよ、読み続けますとも。

凡百のプロレス本とはレベルの違うノンフィクションを、あなたなら書けるはず。いや、あなたしかいないんです。

 

それでも恋は恋。

以上  ふにやんま