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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子

『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』加藤陽子(2009)  

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

 

タイトルからは情緒的な内容を想像しがちですが、東京大学文学部教授による、バリバリの「日本戦史」考察本です。

普通のよき日本人が、世界最高の頭脳たちが、「もう戦争しかない」と思ったのはなぜか?

高校生に語るーーー日本近現代史の最前線。 

栄光学園の高校生むけ講義の形を取ってはいますが、大人でもかなり手ごわい内容の濃さ。日頃から歴史には縁遠い、どちらかと言うと歴史嫌いの私ですが、加藤教授の考証があまりに新鮮で刺激的で、最後まで必死に付いていってしまいました。アタマ疲労困憊。

講義は驚くほど多面的。政治(外交と内政)・経済・地勢・法律といった様々な切り口から事実を綿密に検証し、史実に解釈が加えられていきます

なんと学際的な広い知見が求められるのか。史学というのはこういうものなのかと、目から鱗でした。歴史は物語じゃないんですね。特に近現代史は。

生徒さんには、自分が作戦計画の立案者であったなら、自分が満州移民として送り出される立場であったならなどと授業の中で考えてもらいました。

講義の間だけ戦争を生きてもらいました。

そうするためには、時々の戦争の根源的な特徴、時々の戦争が地域秩序や国家や社会に与えた影響や変化を簡潔に明解にまとめる必要が生じます。その成果がこの本です。

加えて、日本を中心とした天動説ではなく、中国の視点、列強の視点も加え、最新の研究成果もたくさん盛り込みました。日本と中国がお互いに東アジアのリーダーシップを競りあった結果としての日清戦争像や、陸海軍が見事な共同作戦(旅順攻略作戦)を行った点にこそ新しい戦争のかたちとしての意義があったとロシア側が認めた日露戦争像など、見てきたように語っておりますので中高生のみならず中高年の期待も裏切らないはずです。

加藤教授の専門は1930年代の軍事・外交ということですが、たかだか90年弱ほど前で、出版物や公的文書が大量に残されているごく近い過去でも、俯瞰的に史料に当たって史実の核心に迫ることが如何に難しいか。見てきたように語るという言葉は、加藤教授の謙遜であると同時に、自信の現れだと解釈しましたが如何でしょうか。

しかし90年前でこれならば、史学がいかに困難な学問であることか。

ちなみに教授の言葉を借りれば、歴史的思考力を決めるのは、

事象と事象の因果関係を結びつける際の解釈の妥当性

だそうです。他の全ての学問にも通じますが、これが難しいんですよね。

本書の構成は、

序章 日本現代史を考える

1章 日清戦争 「侵略・被侵略」では見えてこないもの

2章 日露戦争   朝鮮か満州か、それが問題

3章 第一次世界大戦 日本が抱いた主観的な挫折

4章 満州事変と日中戦争 日本切腹、中国解釈論

5章 太平洋戦争 戦死者の死に場所を教えられなかった国

となっています。各章のサブタイトルが、一読して魅力的でしょう。

なにそれ なにそれ?

知りたい 知りたい! と、ドンドンのめりこんでいく。

そして得られる、

そういうことだったのか!

この強烈なアハ体験(古い)に歴史の醍醐味があるんだなと、初めて分かりました。高校生の時にこの本があれば・・・。いや、歴史に「IF」は無いんでしたね。

 

本書から印象に残ったトピックを一つ。

日露戦争の莫大な戦費を賄う為の増税時限立法と、そのもたらした影響について。

非常特別税法が一九〇四年の四月と十二月の二回にわたって行われた結果、国民は〇三年に歳入として国家に納めた税金の額と同じ額をもう一回分支払ったことになるそうです。

この増税は時限立法で、本当は戦争が終わったら元に戻すはずでした。けれども政府はロシアから賠償金を得られなかった。(中略)だから税額の七割増などというのが恒久税にされてしまう。(中略)ここでなにかが起こるんです。

なにかとは何か、そのままいきますね。

日露戦争によって、税金を一年に二回払うのと同じ事態が起こりました。選挙法は一九〇〇年のまま変わってないのに、特別税法で税金が高くなった結果が現れる一九〇八年の選挙では、選挙人口が一五八万人になっている。

選挙資格が直接国税の納税額で制限されていた時代。日露戦前の有権者数が七六万人で、これが戦費調達の為の増税恒久化を契機に倍になったと。有権者の数がこれだけ変われば、必然的に層も変わり、結果的に選挙で選ばれる政治家と政党の姿も変わります。

それまでは主にどういう人たちが選挙権を持っていたでしょう。

ーーー地主。

はい。地主など、豊かな農家の人たちですね。それがだんだん変わってくる。(中略)選挙権を持つ人のなかに、会社経営者や銀行家などの金持ちが増えただろうというのは想像がつきます。

で、地主から実業家へ、選挙権者及び被選挙者のシフトが起きると何が変わるのか。

そうすることで、産業を担う層を議会に吸収しようとした。なぜなら、地主さん議員がいると地租増徴ができないわけです。まだこのときは日露戦争をやるとは決意していませんが、戦後の軍費拡張を支える予算は、地主議員がいると反対が多くてできない。

そういうことね!

本書には、松岡洋右や顧維鈞(こいきん)をはじめとする日中の外交キーマンや、アメリカ大統領ウィルソン、ルーズベルト、イギリス首相ロイド=ジョージ、チャーチルといった国際舞台のスター達のエピソードもそれこそ満載で紹介されているのですが、非常に地味なこの考証が私的ランキングでは1位です。すいません教授。

挙国一致の持久戦準備体制というのは、意図せぬ要素も加わり、このあたりから既に仕込まれていたと。この内容は後の第4章で、帝国陸軍を何故日本国民は支持したのか?という考証に見事に繫がっていきます(陸軍のスローガンに魅せられた国民

イデオロギーデマゴーグの観点から語られる事の多い日本の近代戦史ですが、徹底的に傍証を積み上げて、庶民の生活感情を論拠にした説明が加えられると、なるほど!となります。史実を浮彫りにするというのはこういう事だと、深く納得しました。

最後に巷に溢れる「大嘘」「二度と謝らないための」といった一般向け歴史本を加藤教授が評して(おわりにから)。

このような本を読み一時的に溜飲を下げても、結局のところ「あの戦争はなんだったのか」式の本に手を伸ばし続けることになりそうです。なぜそうなるかといえば、一つには、そのような本では戦争の実態を抉る(えぐる)「問い」が適切に設定されていないからであり、二つには、そのような本では史料とその史料が含む潜在的な情報すべてに対する公平な解釈がなされていないからです。

やや不遜にも映りますが(言っちゃったよ)、学者としてご自身の目指すところを示した一文としてならば、ハッキリした物言いが好みです。

相当な歴史マニアのかたを除けば、本書がご期待を裏切ることはあまり無いと思います。

是非ご一読のほどを。

滅多に使わない表現でお薦めします。

以上 ふにやんま