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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

『切り捨てSONY』清武英利

『切り捨てSONY~リストラ部屋は何を奪ったか~清武英利(2015)

原題は『実録  ソニー追い出し部屋』

ジャイアンツ騒動で一躍有名になった、あの清武氏のルポです。読売時代の経歴を拝見した限りでは、エリートというよりは叩き上げっぽいかたのようで。ノンフィクションライターとしても、

しんがり 山一證券最後の12人 (講談社+α文庫)

等、目の付け所がいかにもといった感じで興味深い。いや褒めてます。

山一ほどではないにせよ、世間を驚愕させたソニー王国の凋落。松下、東芝、シャープといった電機勢総崩れの中でも、あのソニーが!という驚きはひときわでした。

私なんかバブル世代ですが、ソニー様はあまりに畏れ多くて、今で言うエントリーシート提出前にあきらめました。いわんや技術系のかたにおいておや(推定)。90年代のソニーブランドは、まさに高嶺の花でしたね。

会社というのは栄枯盛衰の波を免れないものと言ってしまえばそれまでですが、ソニーが叩かれたのはリストラ部屋があまりにも長く、しかも組織的に運営された経緯ゆえ。

似たような部署なり人事フローなりは、少なからぬ企業にあるはずですが(横田濱夫氏 "港の見える丘銀行” にも同じような部署が登場します)、いかんせんソニーの場合は社員の怒りを買い過ぎたということでしょう。

清武氏が雑誌連載を開始した際、実名での協力者を多数得たことに加え、ソニー社員からの情報提供、いわば内部告発が相次いで、当初3回の予定が結局全18回の長期連載になってしまったそうです。

これはソニーに限った話ではない。

明日は我が身。

そう受け止めた企業人が、読者の中には多かったはず。

やまない雨がないのと同様、沈まぬ船もありません。すまじきものは宮仕え」とうそぶけるうちは、余裕があると思うべきなのでしょう。

話が逸れました。。

ソニーの通称「リストラ部屋」の正式名称は「キャリア開発室」です。

ソニーのキャリア開発室の源流をたどると、中高年社員対策として1985年にスタートした「能力開発センター」に行き着く。当時の言葉で言えば、「窓際族」対策である。職場で持て余し気味の中高年ー人事担当者は「職場にフィットしない人々」と表現するがーそんな社員を集め、雑用を与えながら転職支援を行っていた。

既にして身につまされる私。いかん、気を強く持たねば。引用続く。

それでも簡単に解雇するわけにはいかない。(中略)ソニーには「We are family」の言葉に象徴される家族主義と、創業者たちが唱えた「リストラ不要論」があったからだ。

ところがいつの間にか、能力開発センターの看板は取り替えられ、96年12月に「セカンドキャリア支援」事業が始まる。

2001年になると、ソニーに「キャリアデザイン推進部」が設けられていた。その推進部の下にある「キャリア開発室」(時代によってはキャリアデザイン室)に入ってくる社員には雑用すら与えられなくなる。マスコミに報道されるのはそれから10年近く経ってからのことだ。

キャリア開発室は、人事担当役員の方針や整理したい人数によって、ソニー村の1ヵ所に集められたり、事業部門ごとに分散して置かれたりしたが、このころは分散型を取っていた。

彼が通った部屋は40人ほどの収容能力があり、20人弱が在籍していた。大半が終日、語学を勉強したり、ネットサーフィンをしたり、新聞や雑誌を読んだりしている。 

そこに送り込まれた社員は自らのコネで社内の受け入れ先を探すか、早期退職して転職先を見つけるか、あるいは何と言われても居座り続けるかの3つの道しかない。

働かないで給料もらえるなら最高じゃん。そう思ったかたはサラリーマン経験がありませんね。

将来への希望も、為すべき仕事もない状況に耐えられるほど、人は強くありません。自由闊達な社風や、技術者への敬意に憧れてソニーを選んだようなかたならば、資質的になおさら耐え難かったはずです。

社員同士が連帯感を深めたり、意見を交わしたりする仕組みがない。それでも人間はーー特に「人の間」で生きてきたサラリーマンは一人では生きていけない。大減俸や失職への不安は家族にも打ち明けられない。家族を苦しめるだけだから。 

家族もご近所さんも皆、超が付く一流企業、「世界のソニー」で頑張っているお父さん(女性も対象です。念のため)だと思っている。 会社は月に一度の定期面談で、じわりじわりと口説き落としにかかってくる。まさに板挟み。

同僚からの心ない声もあったでしょう。

「あそこは能力のない連中が集められたところだ」

「俺たちは残業、残業で忙しいのに、遊んでてカネもらえる正社員がいる」 

ソニーは開発型の多角化企業ですので、縮小や撤退が決まれば部門ごとリストラの憂き目にあうこともあります。

第5章ー1「車載一家」の離散で、以前ソニーの純正カーナビが付いた車に乗っていた事、ソニー、カーナビ撤退ニュースにびっくりした事を思い出しました。

ソニーの車載機器(カーエレクトロニクス)事業は早々に見切りをつけられ、黒字部門であるにも関わらず、2012年に解散に追い込まれます。

会社を守るための経営判断だと言われれば社員には一言もありませんが、どこにも拾われずに社内失業した結果が、リストラ部屋ではあまりにも哀しい。

経営責任はどこに行ったんだ!

企画やスタッフ系の社員は、大抵余剰と見なされますから、すぐに窮地に追い込まれただろうと想像がつきます。

技術者も、他部門でどこまで応用が効くのかと問われたら、案外答えに詰まるのではないでしょうか。

心ならずもLGに転職せざるを得なかったソニー社員を、海外への技術流出だとして誰が責められましょう。

市場性のある人間になれ、会社を離れても個人として通用する人間であれと言うのはたやすいですが、現実にはと〜っても難しい。我が身を顧みて、このあたり背筋が寒くなる思いで読みました。

なんだかんだで、 ”リストラ” の名を借りたソニーの  ”人切り” は20年近く続きます。

一応、2015年度で目途は立ったという建前になっていますが、グループ全体で累計7万人、リストラ部屋の在籍者(次の籍は用意されませんが)はのべ4千人と言いますから、その規模が分かろうというもの。もはや年中行事ですね。常態化した人切り。社内が荒れて当然です。

本書の一貫した論旨。

①井深・盛田時代は良かった。

②出井・ストリンガー・平井体制で加速度的におかしな会社になってしまった。

プロフェッショナル経営者、カンパニーエコノミストを標榜した出井社長をはじめ、それぞれに言い分はあるでしょう。

しかし社員の雇用機会を奪い、株主を無配に追い込みながら、トップは5億円だ8億円だという年俸を維持してきたのは事実。

年俸は役員報酬として公開されるので、まだマシなほうかもしれません。

米国在住のストリンガー社長が、まれにしか無い日本滞在用に恵比寿のウエスティンホテルのスイート(一泊50万円以上)を常時貸切りにし、その年間経費が数千万円(すごい法人割引率ですが、そこは論点ではありません)

しかもその情報が社内で秘密にされ、且つ役員経由で社内へリークされる。組織としては末期症状だと言わざるを得ません。

企業の常として、

◉美風は継承されにくく、かたや腐敗するのはいとも簡単。

◉人心が離れれば、たちまち成長力を失う。

要はそういう事かと。

技術系の方ならば楽しめそうな、往時のソニーらしいモノ作りのエピソードが沢山紹介されていますが、不得手な領域なので触れません。お詫び。

以上  ふにやんま