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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

『エヴェレスト-神々の山嶺-』夢枕獏

『エヴェレスト-神々の山嶺-』夢枕獏(1997)

今週は忙しかった~。ポケモンGO “感謝祭イベント” が発表されて、ここはやり込まざるを得ないじゃないですか。

若者は既にポケモンGO離れ

続けているのはウォーキング兼ねたオッサンばっか

ガチ勢のおっさんワロタ

などと、既に嘲笑の対象になりつつあるポケモンGOですが、ガチ勢のおっさんを甘く見てもらっては困ります。早起きして通勤を地下鉄からバスに切り替えて、ポケストップを回しまくる毎日。

憑かれたようにポケモンGOをやりながら、憑かれた男を描かせたら右に出る者はいない夢枕獏氏の本を読む。お陰様で今週は酒量が減りましたよ。不本意ながら。

元々神々の山嶺』はすごいと聞いてはおりました。ただ『キマイラ』『飢狼伝』『獅子の門』といった我が愛すべき格闘路線(キマイラ微妙か?)とは毛色が違う作品だろうと思い、とりあえずKindleに放り込んでおいた訳です。

これが読みだすと止まらん。

獏節全開。

えらいものを読んでしまった。

フォントばかり大きくしても仕方ないのですが、バリバリの憑かれた男ものでした。よく文体模写でパロられるような、大き過ぎる熱量が身体の芯を滾る(たぎる)男たちの物語。

◎山とは何か

ただ、そこにあるだけの山の頂は、至高なものでも何でもない。道端に落ちている石と同じ存在でしかない。

それが、至高な存在となるのは、それを見つめる人の視線があるからである。その頂について、人が想う時、その頂について、切実に人が憧れるからこそ、そこが至高の場所になるのである。神聖な場所になるのである。

頂が神聖であるから、人が憧れるのではない。人が、魂の底から憧れるから、そこが神聖な場所となるのである。 

自分が言葉に出来なかったこと、もどかしく思っていたことを文章にしてくれた。これを読んで泣いた山好きの男、たくさんいるだろうなあと。素晴らし過ぎて中抜きの省略(「中略」ですね)が入れらませんでした。獏さん、最高です。

蒼い天の虚空に吹きさらしになっている、点…            

この地上にただひとつしかない場所。

地の頂。

そこにこだわりたい。

どこの酒場で飲んだくれようと、酔いどれてどこの路地裏で眠ろうと、心の中に、その白い頂を抱えているべきであろう。

きりがないのでこの辺でやめておきましょう。複雑な山への思慕の念を描き切らねば、真の山岳小説とは言えない。 獏さん、ビリビリきます。

◎山こえー

ここがしっかりしていないと、主人公 羽生丈二の超人的な執念と山への執着が際立ちませんね。ヒマラヤのジャイアンツ(エヴェレスト級の山々のこと)の厳しさ、恐ろしさが読者にも生々しく伝わります。

どれほどうまく高度に順応したとしても、その高度を越えると、ただ何もせずに眠っているだけで、どんどん体力を消耗してゆくことになる。

六〇〇〇メートルを越えた高度に長く滞在すると、大量の脳細胞が死んでゆく。

ヒマラヤ登山というのは、生物にとっての極限状況を、日常的に体験することだ。

八〇〇〇メートルに上れば、体力が低下をする。自分の血流で、自分の足を温めることが困難になって、温度が下がり、その濡れた場所が凍りつく。それで凍傷になれば、斜度が五〇度もある氷壁で、微妙なバランスがとれなくなる。

滑落すれば、死だ。 

もし、拳大の落石の直撃を受ければ、それはヘルメットを破壊し、頭蓋骨を割り、たやすく人の脳の中に潜り込む。その落石も、たまにあるのではない。常にある。

当たるか当たらぬかは、単に運といってもいいのだ。

「眠る時もその姿勢でいることだ。もし、前のザックの上に上体を被せて寝込んでしまったら、落石が頭を直撃するぞ」

背にした岩から、およそ六十センチまでが安全な空間なのだという。

「おれが山だったら、そういうミスを犯す人間の頭には、遠慮なく石を落とす…」

この冬一番の冷え込みとなった木曜の夜。私も3時間ほどポケモンGOに挑みました。綿のモッズコードに素手の軽装。寒風に手がしびれて、ボールが真っすぐ投げられない(スマホのパネルも感度が落ちますしね)。吹きさらしのポケストップ間を行き来する気力が湧かず、歩数が稼げない。それでも本書を読んでいましたので、環境的にはハワイのように感じました。嘘です。寒いの嫌い。

◎高山で壊れていく心理

第7章 グランドジョラス -5 羽生丈二の手記

初めは丁寧につけられていた登山メモが、登攀中の大事故を境に、徐々に乱れていく様は鬼気迫るものがあります。

打撲、骨折、寒さ、疲労とダメージが重なって、加速度的に鈍っていく思考力。現実と幻覚の区別がつかなくなり、やがてひらがなだらけの文章で、亡者との語らいが綴られ始めます。

いまは、まだ、そのときじゃない。

おれは、おちるまではいくから。

かならず、いくから。

ただ、わざと、おちる、それだけはできないんだ。

きしよう。

なんという哀切な文章でしょうか。

注)きしよう。←「岸」氏への呼びかけ。モーニングコールではない。

アルジャーノンに花束をも凄いですが、極限状態でのクライマーの意識の混濁を、ここまで丁寧に描き切る夢枕氏の筆力もさすが。自身もヒマラヤ行を重ね、何度も死にかけたという経験が存分に活かされています。構想から連載終了まで二十年を要した本作。著者渾身と言う表現では、とても追いつかない超大作。それも質量ともに。獏さん、かっけー。

◎痺れるあとがき

作者自ら、自作を激しく称えてしまうという前代未聞のあとがきが素敵。美しいラストシーンの後に、軽くずっこけ(死語センサー発動)ます。

全部、書いた。

全部、吐き出した。

力およばずといったところも、ない。全てに力がおよんでいる。

十歳の時から、山に登って体内に溜め込んできたものが、全部出てしまった。(中略)

直球。力いっぱい根限りのストレート。

もう、山の話は二度と書けないだろう。

これが、最初で最後だ。

それだけのものを書いてしまったのである。

これだけの山岳小説は、もう、おそらく出ないであろう。

それに、誰にでも書けるというものではない。

どうだ、まいったか。 

本書が、夢枕獏の等身大です。

力が足りなかったところ、力が及ばなかったところもありません。

このような想いをもって書きあげた本は他にありません。

作者がここまで言う本を読めるのだ。なんという幸せか。もがいても足掻いても抜け出せぬ、平穏だが退屈な日常の中。ひりつくような山の話がいち読者として楽しめるのだ。僥倖、と言ってもいい。※意識して文体模写

作家として高い頂きを見事に制した本書。

獏さん、私もポケモンGOで1,000,000Xp、このイベント中に見事登りきってみせます!(レベルが分かってしまいますね)と誓いもあらたに。

以上 ふにやんま