ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

『1984年のUWF』柳澤健 第22回「リアルファイト」

『1984年のUWF柳澤健  第22回「リアルファイト」 

今号はUWFと袂を分かって後の佐山「修斗の回です。

修斗って、今盛んなのでしょうか?全然関心が無いので、見当もつきません。

アマチュアの大会は北海道から沖縄まで全国各地で開催され、毎年50人ほどがプロに昇格している。世界各国への普及も進み、現在では20以上の国と地域で公式戦で行われている。

そうなんだー。競技人口とかどのくらいで、果たして増えているのかな? 修斗がルール上、多大な影響を与えたUFC、ひいてはMMAという流れの中での貢献は認めるものの、リアル格闘技としての魅力においてはイマイチだったんでしょう?

初期のUFCについて。

広く普及させるためには、スポーツとして確立された総合格闘技に生まれ変わることが必要だった。

その際に参考にしたのが修斗である。

オープンフィンガーグローブを着用し、5分3ラウンドという試合時間も、体重別の階級も、すべて修斗を模倣した。 

スポーツとして生まれ変わった結果、UFCは大ブレークを果たし、修斗よりも遥かに大きなプロモーションとなったのは皮肉だが。

 冒頭のこの一文で、今回は内容的には完結しております。あとは面白いネタが特には盛り込まれておらず、1回休み状態なのが惜しいところ。

現在でも、修斗のジムには佐山聡が書いた「修斗の理念」が掲げられている。 

そうか、なんか追放みたいな形で報道されていたけど、佐山は「修斗創始者」として認められているんだ、良かった良かった。とか、

先生の言い回しは独特の感性があって難しい。一見、理論的なようで実は抽象的。でも、先生が技の見本を見せると、やっぱり凄い。しかも、見た瞬間にパッとできちゃう。知らない技でも、ああ、こういうシステムねと一瞬で理解する。ホントの天才っているんだな、と思いました。 

 (初代シューターにして元ライト級王者、坂本一弘氏による佐山評)

弟子の発言とは言え、やっぱり見る人が見ても佐山は天才なんだ!とか、佐山ファンとしては 正月のお酒も旨くならずにいられませんわ 的な発見や再確認は所々に見られるものの、です。

そうそう、さもありなん、という価値ある証言が一つありました。

そんな佐山のところに、新生UWFからのオファーがあった、と証言するのは前述の坂本一弘である。(中略)

UWFから連絡があった。佐山さんに戻ってきてほしい、また一緒にやりましょうと言われた。だけど、俺は絶対にやらないから』

佐山先生ははっきりと言いました。いま思えば『俺はシューティングをやる!』という意思表示でしょうね。

理想主義者で、決めたことは徹底的にやり抜かないと気が済まない。己の信念を現実化することに、金銭以上の意義を見出すタイプの佐山としては(個人的には何も知らんくせに、力強く言い切る私)当然の帰結でしょう。

ワンサイドで裏の取れていない証言ではありますが、新生UWFがその人気絶頂期に、おそらく苦境に喘いでいると世間から思われていたであろう佐山に声をかけたというのは、如何にもありそうな話。

しかしこの時期の新生UWF「エースは前田」で決まっていました。実力的に双璧をなすのが藤原喜明で、この二人が頭ひとつ抜けた存在、という序列がファンの間の暗黙の了解でしたから、佐山をどういったポジションに置くつもりだったのか、興味のあるところです。

「前田最強」を裏付ける為の噛ませ犬 として、スポット参戦させるのが狙いだったのか?

前田と藤原の対戦は極端に少なく、 UWF日本人選手内の実力№1は誰なのか?を知りたいという、ファンの期待に応える材料は極端に不足していました。日本人同士の刺激的なカードが組みたかったのか?ついそういった邪推をしてしまいます。

そういえば前田と藤原の数少ないシングル対決(タッグなんて無いか)は、いつも藤原の関節で紙一重で決まるという、なかなか苦しいシナリオでしたね。前田ファンにしてみれば「あー惜しかった。もう一歩のところまで追い込んだのに」「やっぱり関節はすげーな」と思って会場を後にする。まあUWFサイドの思惑どおりと言うことかと。

なんかこの回以降、佐山はもう出てこないことになるのかなー。それはそれで寂しい。

 UWFの物語、果たしてどこまでいって完結するつもりなのか。インター鈴木取締役の1億円トーナメント事件とか、前田と安生の舌戦とか、なんだか下卑た方向に厚めに行かないといいけどな、とやや懸念。

以上 ふにやんま