読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』森茉莉

『ベスト・オブ・ドッキリチャンネル』森茉莉 [編]中野翠(1994) 

ベスト・オブ・ドッキリチャンネル (ちくま文庫)

ベスト・オブ・ドッキリチャンネル (ちくま文庫)

 

周知の事かと思いますが、森茉莉氏はかの文豪、森鴎外の長女。それだけで恐れ入りましたという感じ。なにしろ「もりまり」でフルネーム一発変換が出来てしまうぐらいのかたです。

本書は1979年から1985年にかけての週刊新潮』での連載『ドッキリ・チャンネル』を、森氏の大ファンである中野翠氏が文庫本として編纂したもの。

5年半という連載期間の長さだけでも、その人気のほどが伺い知れますが、敢えて補足。文才というのはなかなか遺伝(生物学的な意味ではなく)しないのが世の常でありますが、このかたに関して言えばとんだお門違い。親の七光り云々を抜きにして、テレビ評論家としてはまさに超が付く一流。あのナンシー関氏以来の衝撃でした。消しゴム版画ばんざい。分かりにくいかな?

批評文と、戯曲に長じていたが、小説は理屈が前面に出ていすぎた点も、鴎外は三島由紀夫と共通していた。(中略)私が小説を書く時のように、書いている内に一人の男が相手の少年を嫉妬し出したり、だんだん殺意を抱くようになってくる、というような、作者が小説の中の人物に引っ張られて行く、というようなところが鴎外にも三島由紀夫にもない。彼らの小説には最初の一行を書く時に、既う(もう:引用者注)その小説の最後の一行が作者にわかっている、というようなところがある。それでは小説は読んでいて面白くないのだ。作者も、読者と一しょになって、小説のなりゆき、小説の中の人物がどんなになって行くか、ということに引っ張られてゆくのでなくては、面白くもおかしくもないのだ。それが鴎外にも三島由紀夫にも、わかっていない。これが鴎外と三島由紀夫との二人の生徒に対して呈出するモリマリ先生の忠告である。

いきなりの長文、且つテレビ批評でもなんでもない部分の引用をお許しください。だって、ここめちゃくちゃ面白くないですか?

鴎外と三島の小説にダメ出しですよ。

要は「小説は理が勝(まさ)っては面白くない」という趣旨なのだと思いますが、天国(かどうかは知りませんけど)の二人も苦笑いするしかないでしょう。

森家のご令嬢にかかっては、日本を代表する文豪も大家もかたなしのようで。

最初の一行を書く時に、もうその小説の最後の一行が作者に分かっている

というのは実に言い得て妙。正鵠を射た、鋭い批評だと感心しました。言えない。これはいろんな意味でモリマリ先生にしか言えないわ。

テレビ批評の部分は、連載の時代が時代だけに若いかたにはおそらくしんどい。頻繁に取り上げられるのは大川橋蔵竹村健一沢田研二萩原健一萩本欽一石坂浩二高峰秀子岩下志麻山口百恵といった面々。

政治家ではレーガンゴルバチョフ大平正芳など。長嶋茂雄貴乃花(もちろん先代)、立川談志なんかも割と。50歳目前の私でもギリギリです。

かろうじて分かりそうなかたを挙げるならば、田原俊彦ビートたけしB&B(知らないかたも多いかな。”がばいばあちゃん” の島田洋七と洋八の漫才コンビ)ぐらいでしょうか。

テレビ批評の難しいところで、どれだけ鋭い批評であっても読み手が当人を知らないとピンとこない。有名人のイメージというのは変遷しますので、時代性と無縁には読めないのですね。

なので幅広くお薦めできる本 という基準からは外れてしまいます。ここはナンシー関氏も同様で、とても悲しい。

後世に残るテレビ批評というのはありえないというのが厳然たる事実。そこをなんとかした中野翠は大したものです。

父・鴎外をはじめとする家族の思い出話、結婚離婚のいきさつ

は思い切って割愛したと中野翠氏は「編者あとがき」で書いていますが、氏がどうしてもカット出来なかった部分、すなわち愛おしすぎて切るに忍びなかったと思われる(ここ、完全に私の見立てですのでご注意ください)部分がたまらんのです、はい。

私は父をパッパと言っていた。

彼はそれだけではない。明治の女の子である私に、正座をさせず、ねころんでいることを奨励した。座る時には脚を横に流して座るように、教えた。そうして母に言った。(お茉莉が大きくなって洋服を着る時に、行儀よく座らせては曲った脚になる)

そういう風で、父を恋人のように(十八歳で父に死に別れるまで)思っていて、なんとなく年上の人でなくては好きになれなくなった。幸い、夫は十歳上だった。

もう、鴎外、ベタ甘。

どれだけ溺愛するんだよ!と突っ込みたくなるエピソード満載。愛娘を嫁に出すときもこうですよ。

私は髪も女中に結ってもらう。帯も一人では結べない。飯は炊けない、料理もだめ。薬鑵を水道の蛇口に近づけて水を汲んだことさえない。そういう娘なので山田と縁談があったのを幸い、父母にとって大変な安心だったのである。二十七、八、三十がらみの女中が六人もいる。それがお茉莉にとってお誂え向きであった。(中略)お茉莉という娘は、金持から乞われた機会を逃さず、そこへ遣るより仕方がない。それが父にも母にもわかって いたのである。

こちら大鴎外の証言ではなく、森茉莉氏の述懐です。なかなか冷静な自己分析。そしてこの筋金コンクリート入りのお嬢様のご婚姻は、父母の意に反して、最終的には上手くいかなかったりするんですね。だって結婚直前になって、それまで溺愛してきた娘に、急に鴎外がつれなくなったりするんですよ。

バレバレじゃん!全然子離れできてないじゃん! まあ、それは置いておきましょう。

鴎外の人間像に関心のあるかたなら、興をそそられる逸話がふんだんに出てきます。そこだけで楽しめる構成。中野翠氏、いい仕事です。

特筆すべきはこのお嬢様、明治の君世のお生まれとしては、相当に波乱万丈な人生を歩まれたにも関わらず、真っ直ぐな心根を生涯失うことがなかった。鴎外の溺愛は無駄ではなかった、ということでしょうね。

1998年のパート10、鴎外が自分の心中にある固い貝殻のようなもの森茉莉氏の表現)から生じる苦しみを、妻(大鴎外の奥様=森茉莉氏の母上ですね)に切々と語る部分。

同じく1998年のパート24吉田茂(とアイゼンハゥアー)の見せた、一国の宰相の横顔を評した部分。

いずれも素晴らしい。後者を少しだけ引きますが、抜粋部から結びの一文まで、溜息が出るほどに流麗かつ高潔な文章です。

それは、国民の運命を背負っている人の、顔であった。その顔はたとえていうと、子供の、癌であるか、そうでないかの試験を、医者がすることになっていて、その試験の結果を訊きに病院へ行く日の、父親の顔であった。私たち国民への気がかりを、あの小柄な体一身に背負っている姿を、私は見た。

稀代のエッセイストである森茉莉先生のお手並み、しかと拝見しました。

ご異論もあろうかと思いますが、

一冊読めば分かるっ。

この人は名人だ!

きっと何をいまさらなのでしょうね。ものを知らない人間は強いぞ。大事なのは自分の言葉で断言することだ! (←いい事言ってるっぽくしてみました)

ちなみに『ドッキリチャンネル』全文は、森茉莉全集』の六巻及び七巻に収められているそうです。

次は小説家、森茉莉先生の腕前を確かめなくちゃ。不遜、不遜の与謝不遜と。

以上 ふにやんま