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ふにやんま ー 世界の小所低所からー

http://funiyanma.hatenablog.com/  

『男たちへ』塩野七生

『男たちへ』塩野七生(1989)

かの名高いローマ人の物語(単行本で15巻、文庫本で43巻の大著)の塩野七生氏です。43冊コンプリートセットだと、ビジュアルでビビります。Amazonに画像がありませんでした。残念。なお、お察しのように読んでおりません。

私、西洋史って疎いんです。疎いなんてもんじゃなく、全然知らないと言っていいレベル。西洋史を知らないと言うことは、世界の歴史の殆どを知らないに等しいですから、文学でも宗教でも美術でも、理解に甚だ支障が出ます。肝心要のところが掴めない。

「やっぱり勉強した方がいいかな」と気づいてから、30年は放置してきました。以前にも書きましたが、かの佐藤優さんならば速攻で着手しているはず。

懺悔の値打ちもないって歌がありましたが、若いうちに勉強はちゃんとしておきましょう。命短し恋せよ乙女であります。ちなみに私、日本史も駄目でして。なんやねんチミィ。

経験にのみ学んできた愚者の事はともかく。そんな人間が塩野七生氏の著作を語るのも相当勇気が要りますよ。そこだけは買って欲しい。買えるかいっ。

本書では 28章 インテリ男はなぜセクシーでないか が引用される事が多いと思います。一冊のエッセンスが凝縮されたような秀逸な章ですが、そこは敢えて外します。手元でボールを動かして芯を外す。WBCでも有効性が立証された投球術ですね。いや、読み手にジャストミートしろって。

第43章 男が上手に年をとるために から。

戦術一。まず、自分の年齢を、いつも頭の中に刻みこんでおくこと。

から始まって十の戦術が挙げられているのですが、その中から二つ。

戦術七。優しくあること。

優しい若者を、私は若者だとは思わない。立居振舞いのやさしさを、言っているのではない。心のやさしさ、とでもいうものだ。

若者が、優しくあれるはずはないのである。すべてのことが可能だと思っている年頃は、高慢で不遜であるほうが似つかわしい。

優しくあれるようになるには、人生には不可能なこともある、とわかった年からである。自分でも他者でも、限界があることを知り、それでもなお全力をつくすのが人間とわかれば、人は自然に優しくなる。

優しさは、哀しさでもあるのだ。これにいたったとき、人間は成熟したといえる。そして、忍耐をもって、他者に対することができるようになる。

この「若者は高慢不遜たれ」というところがいいですね。不条理は世の常である、と私も平静を保ちつつ言える年になりましたが、若者にしたり顔でそんなことは言って欲しくない。

未来は全て自らの手の内にある

そう信じて疑わない存在であって欲しいと思うのです。このパート、塩野氏もかなり真面目です。

二つと言いましたよね。本章では具体的な十の戦術に続き、最後にこう締め括られています。

戦術の最後。利口ぶった女の書く、男性論なんぞは読まないこと。

うまいっ。ここで終わってもいいのですが、念押しで次章 第44章 成功する男について の項目だけ。

第一に、身体全体からえもいわれぬ明るさを漂わせる男

第二、暗黒面にばかり眼がいく人、ではない男。

第三、自らの仕事に九十パーセントの満足と、十パーセントの不満をもっている男。 

第四、ごくごく普通の常識を尊重すること。

このごくごく普通の常識を尊重、ということの解説がまた良いのです。待てよ、先に項目だけって言っちゃったかな。まあいいや。

これは、尊重することであって、自ら守れと言っているのではない。(中略)では、なぜ普通人の常識は尊重しなければならないかということだが、それは、人は誰にでも、存在理由をもつ権利があるからである。そして、しばしば、普通人が自らの存在理由を見出すのは、世間並の常識の中でしかないのだ。もしも、人生の成功者になりたければ、どんなに平凡な人間にでも、五分の魂があることを忘れるわけにはいかない。

これは、人間性というものをあたたかく見る、ということでもある。真にヒューマンな人のまわりには、灯をしたうかのように、人は自然に集まってくるものである。

あ、この人は分かってる人だ。

そう得心させるに十分な一文だと思いました。想像するに、この人の書く歴史は、英雄譚に塗り固められたものではないだろうなと。

こんど確かめてみます!と元気良く言えないのが辛い。歴史本ニガテデース(外国人風の逃げ)

この章でも結びはウイットに富んでいます。

こんなに完璧な人って何人いる?なんて聞かれそうだから、あらかじめ予防線を張っておきます。

なに、四六時中そうでなければ成功しないと言っているのではないのです。まあ、一日に十時間この調子でいられる人なら、ということにしましょう。八時間でも無理、なんていう私のような者もいるけれど、私は男ではありませんから。 

しゃちこばりがちな男の構えを見極めて、スコーンと肩透かしを喰らわすこの余裕。

本書は塩野氏の専門であるイタリア史、ローマ史に通じたかたならばもっと楽しめるはずですが、冒頭に申し上げましたとおり、私にはその部分は皆目分かりませんでした。

半分しか分からずとも、とても味わい深く読めましたので、大勢おられるであろう歴史の素養のあるかたには、是非満喫して頂きたく。こうしてお薦めする次第であります。

以上 ふにやんま