ふにやんま ー 世界の小所低所からー

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『幻夏』太田愛

『幻夏』太田愛(2013)

幻夏 (単行本)

幻夏 (単行本)

 

太田愛氏の紹介にはウルトラマンティガで脚本家デビュー、『相棒』『TRICK2』などを手がけた後、『犯罪者 クリミナル』で小説家としてデビューとあります。

脚本の世界で功成り名を遂げたかたとはいえ、本書は小説デビューから2作目とは思えない完成度。文句なしの傑作です。綿密に練られたシナリオの精巧さ、パズルを解きほどいていく手際の鮮やかさは、さすが一流の脚本家と言うべきでしょう。

終盤になってから、新たな事実をドカンドカンと読者にぶつけていく手法は、本格好きの方にはお気に召さないかも知れませんが、エンタメ好きの私に言わせればサービス満点。このあたりもヤマ場作りを心得た、人気脚本家らしい味付けなのかも。

舞台は西稲城市(一応架空ですね)。興信所を構える鑓水(やりみず)のもとに女性から奇妙な依頼が入ります。

23年前の9月2日に消えた長男を探して欲しい。

事件当時、小学校六年生だった長男は水沢尚、三年生の弟は拓。尚は夏休みが明けた始業式の朝、「忘れ物をした」と言い残して正門から忽然と消えてしまいます。その日の夕方に、自宅から8キロ離れた川沿いでの目撃情報を残して。

翌日、その川沿いで尚のランドセルが発見されます。捜索が行われるも水難事故の形跡は無し。不思議な事に、尚のランドセルに入っていた時間割は失踪当日の金曜日のものではなく、何故か土曜日のものでした...

なかなか魅力的なスタートでしょう?

尚と拓の父親は殺人犯として服役していた。しかし刑期を全うした直後に冤罪だったことが明らかに。己れの潔白が証明されたその当日に、父親は兄弟が住む街で人知れず事故死。それは尚の失踪の4日前のことだった....

現在進行形で少女失踪事件まで起こります。序盤は積みあげられる情報に茫然とするばかりで、パズルがパズルに見えません。これって本当に一つに繋がるの? 風呂敷をここまで広げておいてから、各々の伏線を破綻なく回収し、シナリオを収束させられるだけでも大した力量です。技巧面だけでも本当に素晴らしい。

冤罪も本書の大きなテーマです。犯人を組織ぐるみで捏造して恥じることなく、発覚すれば徹底的に自己防衛に走るという警察や司法の醜悪さ。無辜の市民の人生が、権力によって不可逆的にズタズタにされることの理不尽さ。フィクションとしての誇張や時代設定の要素はあるとは言え、こうした骨太なテーマを盛り込み、作品全体を通じて活かしきっているのは特筆すべきことでしょう。ネタバレになるのでボカしますが、ある人物のを衝かれるような行動に、動機として深く絡んでいます。そんなバカな!と思わせない説得力をもたらしているキーワードが冤罪です。

本書の魅力として、最後に映像的で鮮やかな夏の表現を挙げたい。作者は2本のストーリーを並行して走らせていますが、うち1本は少年たち3人の夏休みです。Stand  by Meよりも少し下の世代。この3人を囲む夏の風景の描写が、イキイキとしてリアルで実に良いのです。蝉の声や草いきれ、秘密基地の中の湿り気までもが伝わってくるかのよう。台風の夜に3人だけで一夜を明かすシーンなどは、滅多にしないことですが、その哀切さに思わず読み返してしまいました。

「月だ!」

見ると、水面に満月が映っていた。拓は噴水に飛び込み、水を蹴立てて何度も満月を両手に掬った。

尚は突然駆け出すと、運動靴の白い足跡を残して軽々と流線型の車体の屋根に立った。足下の黒いクーペはまるで尚に従う忠実な獣のようだつた。(中略)

尚は全身の力を込めて指笛を吹き続ける。

どこまでも強く長く響きわたる音に、相馬は尚の肺が真っ赤な血を噴いて破れてしまうのではないかと恐ろしくなった。 

どうせなら季節まで合わせてしまいましょう。盛夏の読み物としてはピッタリかと。

~夏の幻だったのか。夏が幻だったのか〜

装丁もとても良い。読前も読後も同じ感想を持ちました。

角川書店 good job.

以上  ふにやんま